新物質開発グループ

 2008年のLaFeAsOの超伝導の報告をきっかけに注目を集めている鉄系超伝導体は、超伝導転移温度(Tc)が50K以上と銅酸化物高温超伝導体に次ぐ高い転移温度を有し、超伝導メカニズムの解明などの物性面と、超伝導体としての応用の両面から今後の研究が期待されてます。この鉄系超伝導体はFeの平面四配位を持つことが特徴であり、Feをはじめとする『遷移金属の平面四配位』を構造ブロックとして有する化合物群が新たな超伝導体の鉱脈となっています。しかしながら、このような系は従来の超伝導体探索研究の延長線上にはなく、新たな視点からの物質設計が必要とされています。特に我々は、鉄系超伝導体のうちのブロック層の厚い物質群が『層状複合アニオン化合物』であることに着目して材料探索を行っています。
  鉄系超伝導体としては最初に発見されたREFePnO(1111)系に続いて、AEFe2As2(122)系、FeCh(11)系などいくつかの関連化合物が見出されていますが、これまでに発見されているのはいずれも1111系より単純な構造を有するものでした。そこで我々は、ブロック層を厚くして鉄ニクタイド層間により複雑な構造を実現するという方向性での材料探索を模索しています。ブロック層を厚くするということは、多元系になり物質設計が困難になるものの、材料探索の余地が大きいこと、ブロック層の構造が結晶全体の構造を決定することから、鉄系超伝導体では特に重要な鉄ニクタイド層の局所構造を制御できること、超伝導体は一般的に二次元性が高い方がTcが高い傾向にあることなどから、高いTcを持つ超伝導体の鉱脈を発見できると期待しています。
  1111系は(REO)(FeAs)という積層構造を持ち、酸素・ヒ素という複数のアニオンを含む層を有する層状複合アニオン化合物ですが、類似した化合物として我々は以前から層状酸硫化物の物質開発を行ってきました。この経験と無機化学・熱力学の知見に基づき研究を進めた結果、このような化合物の相生成のために構成元素や合成法が満たすべき様々な条件が分かってきています。鉄系超伝導体の「鉄ニクタイド(カルコゲナイド)層を持つ」という構造的特徴は物質設計の観点からは大きな制約なのですが、これらの知見を活かすことで、我々はこの系においても様々な新物質が合成可能であることを明らかにしています。また、これらの知見を応用すれば、鉄系超伝導体に限らず他の優れた超伝導体や透明導電体・紫外発光材料などの機能性新材料を生み出せると考えています。

 主な研究成果として、アンチフルオライト型のTM2Pn2層(TM:遷移金属元素、Pn:ニクタイド)とペロブスカイト型の酸化物層が積層した一連の化合物群を発見しました(図1)。これらのうち、(Fe2P2)(Sr4Sc2O6)はTcが17Kと、リン系の化合物では最も高いTcを持つ超電導体で、このTcは同じリン系のLaFePOのTc = 4 K(フッ素ドープで7 K)と比べると約4倍(2.5倍)の値です。また、関連化合物として(Fe2As2)(Sr4Sc2O6)と(Fe2As2)(Sr4Cr2O6)を発見していますが、このようにペロブスカイトBサイトが置換可能であることが分かったことで、その後様々な化合物が当グループや他の研究グループにより報告されています。我々はこの系に属する(Fe2As2)(Sr4V2O6)が圧力下でTc=46Kと、この系が少なくとも1111系に次ぐTcを有する系であることを神戸大学との共同研究により明らかにしました。更に層状複合アニオン化合物として初めて酸化物層に”ダブルペロブスカイト”層を持つ(Fe2As2)(Sr4(Mg,Ti)2O6)を発見していますが、これは今後の物質設計の自由度を大きく広げるものです。
 またこの系の全般的な傾向として、Fe面からのニクタイドの距離が1111系や122系と比較して長いことが分かっています。これは構成元素と構造の両面に由来すると考えていますが、構成元素に多様性があることと合わせると、この系は鉄系超伝導体で局所構造を最も柔軟に制御可能な系と言えます。Fe面からのニクタイドの距離は理論的にも特性に大きな影響を与え、基本的には長くなるほどTcが高いことが示唆されており、Fe面間距離が15Å以上と非常に長いことと合わせ、今回の系が物性面でどのような特徴を有するのかを明らかにしていきます。 なお、この成果はSuperconducotor Science and Technology誌7月号の表紙に掲載され、更に関連論文二報は同誌のHighlights of 2009選ばれました。また、このほかにも様々な新物質の探索を行っており、今回発見した系が酸化物層の金属元素の種類や構造に多様性を持つ系であることが分かってきています。
  最近では、ペロブスカイト酸化物層の構造的柔軟性・化学的柔軟性をさらに活用することで、 様々な新超伝導体が合成可能であることを明らかにしました。例えば図2の(Fe2As2)(Ca6(Sc,Ti)5O14)のは、FeAs層と5層のペロブスカイト層が積層した非常にc軸長の長い物質で42Kで超伝導転移を示す超伝導体ですが、24Aという超伝導層間距離は鉄系超伝導体のみならず無機化合物超電導体としても最も長いものです。結晶化学・無機化学を考慮した元素・組成の選択、熱力学を考慮した合成方法・合成条件の選択、実際の実験と結果の解析の繰り返しの末に発見できた物質です。

図1 (Fe2P2)(Sr4Sc2O6)の結晶構造 図2 (Fe2As2)(Ca6(Sc,Ti)5O14)の結晶構造

 

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