SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.5, No.5, Dec. 1996, Article 13

高温超伝導体研究に新分野! 〜 フェムト秒光パルス励起によるテラヘルツ電磁波の発生

 大阪大学超伝導エレクトロニクス研究センターと郵政省通信総合研究所の研究グループ(斗内政吉氏ら)は、「フェムト秒光パルス励起による高温超伝導体からのテラヘルツ電磁波の発生」に関する共同研究プロジェクトを進めてきた。これは、電流バイアスされたYBCO薄膜アンテナにフェムト秒(fs)光パルスを照射することにより、超伝導を高速電流変調し、その時間変化に対応した電磁パルスを誘起するもので、平成7年9月に、同グループにより発見された現象である。その後、次々と成果が報告され、この研究が、新しい超伝導オプトエレクトロニクス分野の開拓へ展開しつつある。その研究内容は次の通りである。
 MgO基板上に成長した厚さ約100nmのYBCO薄膜からアンテナを作製する。このアンテナに1〜300mAの超伝導電流を印加し、アンテナ中心部に、波長約800nm、パルス幅約80 fsの光パルスを照射する。これにより、半値幅約500 fsの電磁パルスが大気中に放射される。このパルスは、周波数成分として0.1 〜2 THz を有する広帯域電磁波である。また、この放射特性は、超伝導電流の時間変調で現象論的に説明される。詳しくは、Jpn. J. Appl. Phys., 35 (1996) 2624を参照。
 最も実用化に近い応用としては、分光用広帯域電磁波源が挙げられる。当初、平均放射電力は40 nW程度であったが、アンテナの改良とレンズによる集光の効率化により、放射電力0.5 μWを達成しており、分光用としては実用化が可能な領域に達してきた。(最大発振周波数も3 THz 以上に改善されている。)この結果は、先の1996ASCで報告された。最近、a 軸配向YBCO 薄膜を採用することにより、更に数10 倍の高出力化が見込まれることを見い出している。斗内政吉氏は「臨界電流密度1000 万A/cm2 のa 軸薄膜を用いれば、10μW以上の出力が容易に得られる。この段階で、最大の競争相手である低温成長GaAsの光スイッチ素子の性能を上回ることから、この分野での高温超伝導体の実用化は実現できるであろう」と述べている。
 同グループは、また、今回の研究を高温超伝導体の超高速光応答物性の評価へ応用している。この技術によれば、電荷の動きをフェムト秒時間領域で観察することができる。従来は、変調された信号を、電圧の変化として見ていたが、時間分解能の制約から数10ピコ秒以降の時間領域を見ていた。この場合、フォノントラップ等の遅い散乱過程により決まる現象を観測していたが、この技術では、逆に早い成分だけを観測することができると言う。簡単なモデルを用いて電流の緩和は500 fs以下の高速現象であることを見い出している。この結果は、Jpn. J. Appl. Phys. に近く刊行される予定である。
 その他、様々な成果を報告しているが、中でも注目されるのは、磁束をトラップした薄膜(電流は印加していない)からのテラヘルツ電磁波発生を発見したことである。大阪大学萩行正憲教授は「超伝導と光と磁場が融合した。これは、高温超伝導体でなくてはできない分野である。この特徴を生かせば、単なる光・超伝導インターフェースの開発だけではなく、磁気・光メモリーや、単一磁束量子回路の光ゲートなどのアクティブ素子の開発につながる重大な発見と考えている。もちろん、磁束のフェムト秒時間領域の動的観測など、物理学へのインパクトも大きいであろう」とこの成果を位置付けている。今後この研究が超高速超伝導オプトエレクトロニクスなる分野として開拓されて行くことを期待したい。

図 磁束トラップしたYBCO薄膜からのテラヘルツ電磁波

(大魔王)


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