SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.5, No.4, Oct. 1996, Article 5

高温超伝導体応用の移動体電話基地局ユニット、商用化への動き 〜 急激な市場成長で生じる新たな問題を解決−

 無線通信事業分野での最近の急速な市場拡大と新規事業者の参入により、米国シカゴとその近郊での新アンテナ設置の敷地確保が大きな問題となっている。この数ヶ月、各市町村は無線タワーの設置を制限する条例の法律化を決議しつつある。これにより無線事業会社はむやみにアンテナを設置できなくなる。シカゴ市 Wilmette の議会は、移動体電話事業会社の Ameritech Corp. に対し、通信電波条件に適した位置から2ブロックも離れた庁舎建物の背後にタワーを建設する事を要望した。移動体電話の隆盛により基地局タワーは、雨後の竹の子のように林立し始めており、議会は、この種のタワー建設を所定の場所に限り許可することを検討中である。業者に押し切られる可能性もあるが、このような状況は一旦議論され始めると瞬く間に大問題となるのが常である。この事態は、悪条件のタワー設置場所で性能を確保できる超伝導ユニットを製作する、シカゴの Illinois Superconductor Corp.(ISC)にとって、新しいマーケットの開拓への追い風となっている。
 各種無線装置を1つのタワーに纏めることは、多くの場合難しい。多数の会社の送信、および受信機器を1カ所に設置すれば、周波数干渉の悪影響が大きくなる。これに対し、不要無線信号を除去し、所望の通信周波数での微弱電波を受信できる超伝導フィルタユニットの使用により、ますます小型で小電力となっている電話端末からの、信頼性の高い受信が可能となる。特に、様々な無線機器に取り巻かれた基地局での効果が大きい。
「新技術にかかるコストは、現行ユニットのほぼ2倍の5万ドルだが、超高性能を実現できることを考えればそれだけの価値はある」と ISC の Ora Smith 社長は自慢する。ユニットのプロトタイプの実証試験は終わっており、Southwestern Bell Mobile Systems 社は実証試験の好結果を見て、2台のフィルターを注文した。来年にはさらに6台を注文するという。Southwestern 社の技術担当重役は、「送信機器が隣接する場所での受信、遠隔地からの微弱電波受信の場合にこそ、このフィルタを使用する価値があり、条件の不利な敷地を標準性能の場所にできる。」と注目し始めている。
 Conductus 社も同様に、不通回線、不良音声通話あるいは起伏のある地形での通話不良等を改善する為に新たに基地局を増設するかわりに、超伝導フィルタユニットを使用し、これらの問題を解決するメリットを強調している。現在この種の携帯電話の基地局は世界中におよそ5万局、米国内に半数が設置されている。1基の建設費用はおよそ100万ドルであり、これにたった5万ドルの追加で不通回線の20〜50%が改善され、通信容量が増え、基地局を高性能にできるのであれば、魅力的な新製品であろう。
 ISC はこの秋から工場のフル生産体制をとる。Superconductor Technologies Inc. もアジアの主要無線サービス会社から、すでに受けた注文に引き続き、評価のため2台の PCS(Personal Comunication System)サブシステムの注文を受けている。このほかConductus社も120基の基地局を運用する Triad Cellular 社での実証試験を終え、好評を得ており Superconductor Core Technology 社などの米国超伝導ベンチャーでは、実証試験を終わり商用化を始めるための準備段階に入っている。
 この秋米国で本格運用される PCS は、1.9GHz 帯で運用される都市郊外等の中程度の通信範囲をカバーし、ディジタル方式を採用して将来の情報電送に対応する新しいシステムとして期待されており、超伝導素子技術者にとってこの応用に向けた動向が注目される。また、ここで紹介された米国事例のみならず、我が国でも小型、高感度が要求される状況は急激に増加しており、次世代移動体通信の新システム運用を待たずとも、信頼性が実証されれば超伝導ユニットのメリットは十分に発揮できるであろう。数年後、日本の通信タワーに設置された、米国ベンチャーの超伝導ユニットを通した電話回線で、わが国の超伝導実用化の遅れをぼやくような事態は断じて避けたいものである。

(M157)


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