SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.5, No.3, July 1996, Article 12

酸化物超電導体による単一磁束量子回路 〜 超電導工学研究所

 超電導工学研究所 では、これまで集束イオンビームによる平面ジョセフソン接合素子あるいは高品質 NdBa2Cu3O7-y 超電導薄膜の作製に成功している。第6 研究部福家浩之氏、斎藤和夫氏、歌川忠氏らはこの平面構造ジョセフソン接合が集積化容易であることに着目し、接合を組み合わせた超電導量子干渉素子SQUIDにより、回路を作製し、低消費電力で高速の単一磁束量子の動作を確認した。この結果は6月24日から岩手県八幡平で開かれた国際超電導産業ワークショップで発表された。
 高温超電導体では電流 - 電圧特性に履歴をもつSIS型接合を人工的に作るのが困難で、もっぱら履歴を示さない接合が得られている。このような特性の接合を論理回路に使うには金属系で進めれてきたものとは異なる動作原理になると考えられる。ところで東大の岡部教授らはNb 系の履歴を示さない特性をもつ接合(ブリッジ型)により論理回路を動かすことに約15年以上前成功していた。それは信号媒体として単一磁束量子(Single Flux Quantum)を用いた回路で、オリジナルは、日本(東北大)にある。高速低消費電力が注目され、幾つかの回路形式が提案されている。特に最近、米国を中心にNb系を用いた接合で活発に開発が進められている。この回路は接合とインダクタンスからのみ構成されているため、回路を動かすには接合に高い信頼性が要求される。そこで、製法が確立し、特性再現性に優れる金属系が選択されている。なお、履歴のない特性を実現するため接合電極間を抵抗で短絡する方法が用いられている。このSFQ回路群は電流 - 電圧特性に履歴を持たない酸化物超電導体接合には、最適な候補の一つであり、まだ接合の信頼性は低いが、適用を試みることにした。超電導工学研究所が開発した安定生に優れるネオジム系薄膜と集束イオンビームによるジョセフソン接合を採用し、基本となるSQUID2個(接合数3〜4個)からなる回路を作製した。
 回路は、1cm角酸化マグネシウム単結晶基板上に堆積されたネオジム系酸化物超電導体薄膜をパターニングすることにより作製された。微細加工の先端技術である集束イオンビーム(FIB)が、ジョセフソン素子の作製及びSQUID間のμmの狭間隔分離に用いられた。これは、質量の重いGaイオンを電磁レンズでビーム径50nmに絞ったもので、電顕観測用及び試料作製など微細加工の基本装置として使用されている。これらの素子は超電導単層膜で回路が作られ、構造が簡単で単純なプロセスすなわち通常のフォトリソグラフ技術により作製され、量産化も容易であると考えられる。
 試作した素子は、単一磁束量子が蓄積される SQUID とその状態を読みだす磁束計のSQUIDから構成されている。SQUIDは一つ以上のジョセフソン接合を含む超電導リングから構成されているもので、高感度磁束計あるいは永久環状電流によるメモリ素子等に応用されている。超電導リング内を貫く磁場が量子化されること(磁束量子)と接合の干渉効果から、磁場に対応するリングを流れる超電導電流にとびとびの安定域が形成され、それによって論理値を定めることができ、しきい値を超える外部からの入力信号により論理動作を実現することができる。
 作製した素子の外観を図に示す。単一磁束量子の動作を行なうSQUIDとして、一つの接合をもつもの(RF)と二つの接合をもつもの(DC)の2方法が試みられた。磁束量子を出し入れするにはSQUID中のJJを電圧状態にする必要がある。ここでは制御線に電流を流すことにより、スイッチを実現した。なおSQUIDインダクタンスの低下および高速信号の伝搬を容易にするためにコプレーナ配線を採用した。RF-SQUID ではバイアス電流に単一磁束量子の蓄積削除の制御ができた。また、RF-SQUID では同一素子でもAND,OR,XOR 等の論理機能がバイアス電流により制御でき、回路設計が容易になる。DC-SQUIDではパルスによる磁束の出し入れが行なわれた。これはSFQ回路を動かす基本となるものである。
 使用したファンクションジェネレーターの性能限界である5ナノ秒のパルス幅まで、SFQの出し入れが確認できた。原理的には半導体では到達することが困難な100GHz 以上の高速化が可能である。また、この素子では読みだしに係わる電力損はゲート当たり10-18Jと半導体に比べ、4桁程度小さいことがわかった。動作は、4.2Kから30Kまで可能であった。なおSQUIDの設計を改善することにより超電導転移温度近くまで動作温度を上げることは可能である。この高い動作温度は、室温信号源との容易な結合、小型冷凍機の使用を可能とし、超電導技術の適用領域を拡大するものと期待される。
マイクロ波受動素子に比べ、複雑な構造になり、実用化には時間がかかるが、ジョセフソン接合を用いたスイッチは情報処理装置への応用に欠かせない。現在、主流の半導体を用いた論理集積回路では、素子の低消費電力化と微細化により高集積化および高速化の努力が続けられているが、製造コストおよび発熱の著しい増大は深刻な問題になると予想される。今後、酸化物超電導体接合の信頼性の向上が図れれば、高速低消費電力の特徴から集積回路への適用が急速に進展すると期待される。

( SF-X )


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