SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.5, No.3, July 1996, Article 5

常伝導でもギャップ存在 〜 電子分光で確定的に

 酸化物超伝導体の常伝導相の異常な振る舞いの一つに、アンダードープ領域における"ギャップ"の問題がある。NMRの縦磁気緩和率や帯磁率、中性子非弾性散乱といった実験で磁気励起にギャップ (スピンギャップ)が見いだされていた。最近では、輸送現象や比熱にもギャップ的な振る舞いが観測されている。(本誌、Vol.5, No.2 1996.5 p.16 「"spin gap"か"pseudo gap"か」参照)。超伝導相では、角度分解光電子分光によって dx2-y2 波的なギャップが直接観測されている。もし常伝導相にもギャップがあれば、当然、角度分解光電子分光で観測できるに違いない。 実際、試料の良質化と角度分解光電子分光技術の目覚ましい発展は、その直接観測を可能にした。スタンフォード大学の Z.-X. Shen 教授らのグループは昨年、盛岡での国際会議 (International Symposium : Frontiers of High Tc Superconductivity, 10月27〜29日) においてその第一報を報じた(Physica C Vol.263 (1996) 208)。Bi2Sr2CaCu2O8+d (Bi2212) の酸素量を変えることで、アンダードープとオーバードープの試料をつくり、常伝導状態(100K)で測定を行なった。
 その結果、アンダードープ領域では、超伝導相と同じ dx2-y2 波的な運動量依存性と大きさをもつギャップを見いだしたのである。上記の国際会議でこの報告が大きな反響を呼び起こしたことはいうまでもない。詳細な報告は、Science誌上で行われる予定である (Science, 出版予定)。さらに、Shen 教授らのグループは、Bi2212 の Ca を Dy に置き換えることでホール濃度を調節して常伝導相のギャップを観測している (Physical Review Letters, Vol. 76(1996) 4841)。図1 はアンダードープ領域 (10%Dy) とオーバードープ領域 (1%Dy) の (π,0) 付近のスペクトルを比較したもので、アンダードープ領域のギャップ的な振る舞いが明瞭に現われている。
 一方、アルゴンヌ国立研究所の Campuzano 教授らと東北大学の高橋助教授らの共同グループは、上記と同様な結果を Nature 誌上に発表している(Nature, Vol.382 (1996) July 4th p.51 issue)。試料は Bi2212 で筑波大学の門脇 和男 教授らによるものである。図2(a) は、わずかにアンダードープとなっている試料 Tc=83K) のスペクトルの温度変化を示している。(π,0)-(π,π) 線上の k 点に注目すると、Tc より高温 (T=90K)でもギャップが開いており、T=170K でギャップが閉じる。一方、図2の(b) は Tc=10K という試料のスペクトルで、この場合 T=301K でようやくギャップが閉じる傾向が見えはじめる。これは、常伝導相のギャップはTc が低いほど高温から開きはじめることを示している。
 これらの実験によって、アンダードープ領域における常伝導相のギャップの存在は確定したといってよいだろう。また、ギャップの大きさ・温度変化を定量的に決定し、さらに超伝導ギャップとの関連を明らかにしたことは、今後の研究にとって大きな意味をもっている。
 理論との比較では、どちらのグループもまず第一に、Tc よりも高温から超伝導オーダーパラメータの振幅が発達する結果、常伝導相のギャップが生じるが、位相のコヒーレンスは Tc まで発達しないという理論の可能性を議論している。そのほか、磁気的または構造的な要因によってBrillouin zone が半分となりホールポケット (小さなフェルミ面) が生じるとする理論や、小さなフェルミ面とd 波的なスピン自由度のペアリングとの結合が重要とする理論も取り上げている。
いずれにせよ、常伝導相のギャップの特徴が定量的に明らかになってきたので、現存する理論の生存競争も一段と激しさを増すであろう。                         

図1

図 2

(TT)


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