SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.5, No.2, May 1996, Article 16

テキサス超伝導センター(訪問印象記) 〜 アメリカンドリームのサクセス・ストーリー

ヒューストンのダウンタウンより車で数分の広々としたキャンパスにテキサス州立ヒューストン大学のキャンパスが広がる。あまり高層の建物は少なく、いずれも3ー4階建てで、その内の一際新しい建物が TCSUH(Texisas Center for Superconductivity, University of Houston Science Centerータクサーと発音) である。機構としては 1987 年に設立されたが、5年前の 1990 年に建物完成。4階建ての3階までを TCSUH が占める。機構や運営の仕方はまったく異なるが,日本の超電導工学研究所を所長の田中昭二教授のジャパニーズ・ドリーム実現の場としたとすれば、ここはセンター所長の Chu 教授のアメリカンドリームの実現の場である。ここに登録される研究者は学生を含めて200人に達するので、その点だけからすると世界最大の高温超電導研究センターである。所長、副所長室はデザインの洒落た秘書室を通り抜けて、その奥の左右の明るい部屋である。実験室は建物の3つのフロアを占め、日本の大学だと3講座程度の規模の各フロア3つ分がここにあり、残りは大学内に散らばる。組織としては大学の横断的にパートタイム的に参加する人達を含んであり、実質的には大学内の数研究室の連合体といった雰囲気と思われた。ここ3年間のセンターを通じての設備投資額は約9億円程度、その他に各研究室はセンターを通じない通常の研究活動も行っている。
 所長は C.W.Paul Chu 氏で物理学科教授を兼ねる。所の看板スターでいわば広報の中心的存在である。年齢 54 才。台湾成功大学を卒業。カリフォルニア大学で故 B.T.Matthias 教授のもとで超伝導を学んだ。ここで Mrs. Chu と知り合う。Mrs.Chu のお父さんは有名な数学者。Mrs.Chu もPh.D. を持つキャリアウーマンとして活躍中である。非常にエネルギッシュで、かつ、面倒見も良く学生に非常に好評である。台湾精華大学超導中心の M.K.Wu 教授(かってアラバマ大教授)はここでの初期の Chu 氏の弟子。広報には非常に気を使っており、今回のヒューストンでの高温超電導10周年記念ワークショップでも、地元テキサス州の上院議員や、NSF のディレクターを呼んで特別講演をしてもらう、あるいは、DOE, EPRI, 企業の記者会見を組むなど、芸の細かい演出を心掛けていることが注目を引いた。その意味で、ただの学者でないことだけは確かであるといえよう。超高圧下での物性研究が専門で、CuCl が高圧下で 100K を超える高温超伝導であると主張したのは 1980 代前半の有名な話である。最近では Hg 系超伝導体に超高圧を印加して 164 K までの超伝導の観測を主張するなど、常により高い超電導臨界温度を主張しつつ、夢を引っぱって来た。新物質の開発に特に意欲を燃やした研究を現在まで続けてきている。
 オフィスで隣の部屋を占める副所長の Wei-Kan Chu 教授は所長の成功大学時代のクラスメート。同姓だが血縁関係はないという。IBM で半導体プロセシングを担当しているところを所長にスカウトされた。TCSUH 運営の研究管理実務を担当し、イオンインプランテーションや放射線損傷を得意とし、やはり物理学科教授を兼務する。現在はYBCOバルク体の磁束線補足マグネットの応用を目指す。派手な所長とのパートナーとしてどちらかというと実務派としての役割をうまく分担している。
 所の規模を見ると、人数においては世界最大の高温超伝導研究所であり、二人とも日本の ISTEC との比較は大変気にしている。「予算規模と安定な運営とにおいて ISTEC がうらやましい」というのは二人の共通した感想。TCSUH はテキサス州より予算総額の半分強を得、2年先までの予算はほぼ約束されているという。それ以降は今後の活躍次第だ。
 所は全体の約 30% が「高温超伝導および関連物質部」で C.W.Chu 氏自身の担当する高圧低温物理ラボがある。ラボマネージャーの Senior Research Scientist である Ru-ling Meng 女史は中国海南島の出身で北京物理学研究所の出身。高温超伝導以前より C.W.Chu 氏の実験のパートナーである。後にグループに加わった Yu-Yi Xue 教授とともに、これまでのグループのあらゆる物質の合成に関連し、学生とともに大きな力を発揮してきた。ともかく手早く、なんでもすぐにやるというのが彼女の身上といえる。「新規物質研究ラボ」は高温超伝導出現当時はまだ学生だった Peng H. Hor 教授によって率いられ、現在は室温付近での酸素の動きや電子の秩序化傾向に起因する相分離などに興味を抱いている。さらに C.S.Ting 教授が統括する「理論物質研究ラボ」がある。その他に、「固体化学ラボ」、「化学プロセシングと合成ラボ」、「材料工学ラボ」、「磁石および高周波ラボ」「セラミックスおよび複合材料ラボ」、「薄膜デバイスラボ」「エピタキシャル薄膜および界面ラボ」、などを有する。印象としては、所の重要役職はほとんど中国系の研究者によって占められ、それを支援する事務機構は西欧系アメリカ人が占める。また、大学院学生の多くは中国人留学生である。入学時には他の学生もいるが、学年が上がるに連れ、中国系学生が圧倒的優位に立ってしまうために、他の学生が減ってしまうためだそうだ。
 全体の 40% は「高温超伝導応用部」であり、W.K.Chu 氏が統括する。同氏自身の「 HTS 浮上応用ラボ」があり、バルクマグネットのベアリング応用を10 名ほどのリサーチプロフェッサー、ポスドク、学生とともに担当する。最近では近くのNASAスペースセンターとの共同開発になる月面望遠鏡用のベアリングの開発で話題を呼んだ。ここでの特長は、磁気ベアリングの設計において、反発力そのものはバックアップの永久磁石に任せ、位置制御のみにバルク超伝導体を使うことである。
「HTS バルクのプロセシングと機械的性質ラボ」はエジプト出身で機械工学科教授を兼ねる Kamel Salama 教授が担当する。彼はこのラボの他に、HTS 製造プロセス部において実際のバルク材料の製造供給をも担当する。米国ではすでにアルゴンヌ国立研のスピンオフでできたベンチャー企業が YBCO バルクの市販(3cm 径で300 ドル程度)を開始しているが、「米国で一番高性能のバルク材料は我々が提供している」とご自慢だ。  最近は基礎物理研究の分野の振興に熱心で若い研究者を集めている。成果が上げられるかどうかはこれからというところであろう。
 線材そのものの開発は行っていない。しかしながら、水銀系が発見されると、すぐにその純粋相を合成したり、高圧下で最高の臨界温度を記録する。安定化がレニウムでなされると、すぐに金属テープ上での厚膜線材の可能性をデモンストレーションして見せるなど、バイタリティのあるところを残している。これらはすべて、所長直轄の Meng, Xue グループの人達の成果である。
 地元における Chu 氏のカリスマ的人気は絶大なものがあり、筆者が訪問した時にも、大学の副学長が昼食に同席して Chu 教授が同大学の看板であることを強調していた。非常に意欲的な若い研究者が多数組織されている本センターは米国におけるドリームの一つの実現形態であるとともに、今後、何年かの活動の中から真に注目される成果が登場するかどうか、試金石とみてよいのではないだろうか。

(SSC)


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