SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.5, No.2, May 1996, Article 17

"spin gap"か"pseudo gap"か? 〜 10 th Anniversary HTS Workshop, Houstonから

 3月12日〜16日に米国ヒューストンで行なわれた上記国際シンポジウムで焦点の一つとして議論されたのが、アンダードープ領域における"ギャップ"の問題である。最適ホール濃度(つまり転移温度Tc が最大値を取る濃度)よりも低濃度側で帯磁率や核共鳴のナイトシフト、縦緩和率T1-1などの温度依存性、中性子散乱のエネルギー依存性にギャップ的な振る舞いが見いだされ、"スピンギャップ"の問題として研究されてきた(もっともLSCOではそれほどはっきり見えないため、YBCOのような二重層の系のみの現象であるとの議論もあった)。今回の会議で注目されたのは、これらの磁気的性質以外の物理量にも"ギャップ"の証拠がいくつか報告されたことである。
  その中で、比熱はスピンも電荷も区別せず、すべての励起状態に関する情報を含んでいるが、その詳細な研究がJ. W. Loram (Cambridge)により報告された。LSCOのホール濃度を変えながら、電子比熱Cel (T)と帯磁率χ(T)の温度変化を測定した。
 その結果γ(T)=Cel (T) / Tとd(Tχ(T)) / dTをプロットすると図1、2のようにunderdoped 領域で双方にギャップ的な振る舞いが観測され、しかも両者がほとんど同じ関数形を示す(というのがLoramの主張である)。このことから彼らは"スピンギャップ"がスピンの自由度にのみ開いたギャップではなく、状態密度に生じた"擬ギャップ"である(つまり電荷の自由度もスピンのそれと一緒にギャップを生じる)という結論を導いている。ここで一つ注目されるのは、帯磁率χ(T)そのものではなく、d(Tχ(T) )/ dTの方がフェルミオンの状態密度をより忠実に反映するという主張である。このことにより、図2で見られるようにギャップの開き始める温度は250〜300Kとなり、それほど高温ではなくなる。
 さらに彼らはWilson 比 S /(χT)(S:電子系のエントロピー)が相互作用のない自由フェルミオン形に非常に近いということから、比熱と帯磁率の結果は一体の状態密度に擬ギャップが発生した自由電子模型でよく記述されるとした。フェルミ流体論の立場に立つと比熱は有効質量m*のみにより帯磁率はm*と準粒子間の相互作用を表すランダウのパラメーターFoaとに依存する。銅酸化物のようにすでに反強磁性的揺らぎの強いことが確立している系において でWilson比が自由電子のそれに近いというのは不思議である。(この点ばかりはPines先生と筆者の間でも意見が一致した)。また、電荷の自由度にもギャップがあるという主張もより正確にはそのエントロピーの大きさに上限を与えているというべきであろう。その上限が具体的にいくつであるのかは、比熱測定の精度に関する問題であり、支配的な格子比熱の寄与を引き去る解析の妥当性も考慮されねばならないであろう。
 しかし、いすれにせよ、一重層のLa系でもギャップ的振る舞いがはっきりしてきたことの意義は大きいし、また理論に対する定量的な規準を与えている点でも十分に考慮されるべきデータであると思われる。以上の他にもShen(Stanford)による角度分解フォトエミッション、Timusk(McMaster)による赤外スペクトル、内田(Tokyo)による輸送現象など常伝導相における"ギャップ"に関する報告が数多くなされた。この問題もいよいよ急所にさしかかってきたようである。

図1

図2

(N.N.)


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