SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.1, Feb. 1996, Article 20

ギガヘルツに入ってきた超伝導ネットワーク 〜 NEC基礎研究所

 NEC基礎研究所 田原修一氏らは並列コンピュータのボトルネックを解決する技術として超伝導ネットワークを提案し、その基本回路の動作に成功したと発表した。彼らは通信技術に必要なパラメータとして、スループット(単位時間当たりに処理できる情報量)とレイテンシィ(ある情報量の処理時間)両方の向上を図ることができるのは超伝導技術だけだとしている。
 ジョセフソン素子を用いた超伝導デバイスは数ピコ秒のスイッチング速度で動作することはすでに実証されている。また、ラッチングタイプのゲート回路はパンチスルー現象によりクロック周波数の上限が本質的に制限されていたが、単一磁束量子(SFQ)を用いた回路はその問題がなく本質的には100GHzのクロック周波数も可能であると考えられている。また、ラッチングタイプの回路でもジョセフソン接合の臨界電流密度を上げることによりパンチスルー確率を下げ、実用的に数10GHzの動作も可能だとする意見もある。このような高速クロック周波数での動作は超伝導デバイスのみが可能である。さらに超伝導デバイスはチップレベルで数mWの電力しか消費しないことが報告されており、本質的に実装密度の向上が可能なデバイスである。このことはシステム内での配線遅延の短縮につながり、デバイスでのスイッチング時間以外のオーバーヘッドを少なくすることができる。これらが彼らがジョセフソン素子を用いた超伝導デバイスを将来のシステムキーコンポーネントと位置づける所以である。
 世の中の流れとして、コンピュータの性能を向上させるために多数のプロセッサを用いることがひとつの流れとなっている。その際に問題となるのがプロセッサ間を繋ぐネットワークの性能である。理想的には性能はプロセッサの数に比例して増加する。しかしながら、実際にはプロセッサ間の通信がボトルネックとなり性能はリニアには向上しない。この問題を解決するためにはネットワークの部分を高速に動作させればいいのだが、プロセッサと同一の半導体デバイスを用いる限り、通信のオーバーヘッドを減少することは困難である。従って、半導体よりも高速な超伝導デバイスを用いることには大きな意義がある。これが彼らの主張である。
 彼らはコミュニケーションネットワークとしてリングパイプライン方式を採用した。プロセッサ(場合によってはメモリも含んだプロセッサエレメント)との間にはインターフェイス回路を設け、それらをリング状に超伝導配線で結ぶ。リング上をデータはスロットと呼ばれる論理的な入れ物にのって運ばれる。スロットにはデータの有無を示すフラグ、行く先のアドレス、及びデータがパイプライン的にのる。リングのアーキテクチャの特徴はハードウェア量が少ないことであり、まだまだLSI 規模としては小さな超伝導デバイスに向いている。また、リング上をスロットが同一方向に流れるため、データのぶつかりがない(コンテンションフリー)。もちろんリング上のスロットが一杯であるときにはプロセッサ側からのデータの送り出しはできない。ここでいうコンテンションフリーとはネットワーク上でのデータのぶつかりによる待ち時間の発生がないことを意味している。他のトポロジーではデータがぶつかった場合を想定して通常大きなバッファが必要となる。本システムにおいてプロトタイプの試作評価が行われており、基本要素回路の動作確認がなされている。この基本回路の結果やシミュレーション結果などから本ネットワークシステムがGHzの領域で動作する見通しが得られている。
 超伝導デバイスは数GHzから数10GHzのクロックで動作する唯一のデバイスである。システムのスループットを向上するために並列化技術が進められているが、レイテンシィの短縮まで念頭に置くとクロック周波数を高めることが不可欠と考えられる。超伝導デバイスはこの要請に答える可能性をもったデバイスであることは疑いがない。もちろんその実現のためにはデバイス技術以外に低温での実装の問題や冷凍機の問題、低温と室温との温度差の問題など解決すべき問題は山積している。しかしながら、スループットの増加とレイテンシィの短縮を同時に実現するハードウェアとしての期待は大きい。彼らはGHz領域でのアプリケーションの一例としてネットワークに挑戦している。超伝導デバイスをもちいたGHz領域でのデバイス技術すなわちGHzエレクトロニクス技術は半導体だけでは実現できない機能、性能を実現できる可能性をもつ。この超伝導を用いたGHzエレクトロニクス技術が将来のキーテクノロジーとして大きく広がることを期待したい。

(T3)


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