SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.5, Oct. 1995, Article 2

超電導薄膜の秒レーザー照射でテラヘルツ電磁波発振 〜 阪大超伝導セと通信総研関西

 大阪大学超伝導エレクトロニクス研究センターの萩行正憲助教授、村上吉繁教授、大学院生の友澤靖嗣氏、同工学部の中島信一教授および郵政省通信総合研究所関西先端研究センターの斗内政吉主任研究官、谷正彦研究官、王鎮超電導研究室長、阪井清美第三特別研究室長のグループは超電導YBCO薄膜をフェムト秒レーザーパルスで照射することにより世界で初めてテラヘルツ電磁波の発振に成功した。超電導体を利用した高周波電磁波の発振器は従来よりジョセフソンアレー発振器、フラックスフロー型発振器などが精力的に研究されてきたが、阪大と通信総研が今回開発した発振器はこれらとは全く異なる原理によるものである。
 発振器はMgO基板上に成膜したc軸配向のYBCO薄膜(厚さ約1000オングストローム)を図1(a)のように加工したものでバイアス電流が印加されている。発振・受信システムは図1(b)のような構成になっており、幅80フェムト秒、繰返し数82MHzのチタンサファイアレーザーを図1(a)のブリッジ部に照射し、発生した電磁波を自由空間に取り出して伝播させた後、低温成長GaAs (LT-GaAs)の超高速光伝導応答を利用した受信器でパルス波形を検出するものである。受信波形は図2(a)に示されているが、パルスの半値幅は600フェムト秒(1フェムト秒は10-15 秒)である。図2(b)は図2(a)をフーリエ変換して得られた振幅スペクトルで、発振周波数は2テラヘルツにまで及んでいる。このような手法によるテラヘルツ波の発生はこれまで半導体を用いて米国、ドイツを中心として盛んに研究されているが、従来のものは高電界をかけた状態で過渡的なフォトキャリヤーを作ることにより瞬間的に電流を流し、電磁波を発生させるものである。今回のものは逆の発想で、超電導キャリヤーを光励起することにより瞬時に常伝導キャリヤーに変化させ、準粒子散乱を利用して停止させ超電導電流を減少させるものである。電磁波の発振機構はコヒーレントな制動輻射と考えるとわかりやすい。この素子は従来の超電導発振器のように精密な加工を必要とせず、また、界面状態の問題もなく、バルクな超電導電流が流れればあとは酸化物高温超電導体中の準粒子の短い散乱時間を自然に利用するだけというものである。
 YBCO膜と自由空間のテラヘルツ域のインピーダンスマッチングが悪いため、膜内で発生した電磁波の千分の1程度しか外部に放射されていないと見られるが、それでも現在のところ類似形のLT-GaAs素子の約10分の1の出力が得られており、膜質の改善による臨界電流密度の向上やYBCOの電磁的性質の異方性を利用することにより出力は今後改善されるとのことである。
 萩行助教授は、「今回の結果は良い光源の少ないテラヘルツ域の発振源として有望であるのはもちろんであるが、超電導体がサブピコ秒の光応答をしていることを利用して超高速オプトエレクトロニクスと超電導デバイスを直接結合するための手段としても期待される(光パルスによりサブピコ秒の電磁波パルスが放出されているので、素子に伝送線を結合しておけばサブピコ秒の電気パルスが発生する)。また、放出される電磁波の電場は超電導電流の時間微分に対応するので非平衡超電導状態の変化を超電導電流の時間変化を通してプローブしていることになり(時間分解能500フェムト秒程度の超々高速オシロスコープで測定するようなもの)、非平衡超電導の物理の研究にも役立つ」と述べている。
 以上の結果は先日金沢工大で開催された応用物理学会で発表され、また、12月11日から15日まで米国フロリダで開催される第20回赤外とミリ波に関する国際会議でも発表される予定である。

図1(a) 素子の模式図

図2(a) テラヘルツ電磁波の波形

(RCSUPER)


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