SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, No.4, Vol.2, Apr.1995, Article 17

高温超伝導はd波かs波か 〜 電子分光の結果に伏兵

 光電子分光やNMRの実験から強く主張され、そしてジョセフソン結合、STS実験の結果もその方向で収束する(?)かのように見えた酸化物高温超伝導体の超伝導ギャップの対称性の決定に思わぬ伏兵が現れた。それも、d波を最も直接的に示しているかに見えた角度分解光電子分光実験から。
 米国アルゴンヌ国立研と東北大理学部高橋隆助教授らの共同研究チームが、科技庁金材研門脇和男・茂筑高士氏らの作成したBi系高温超伝導体単結晶を用いて行った超高分解能角度分解光電子分光実験で、d波では説明のつかない超伝導ギャップの異方性を見いだした。実験は、米国ウィスコンシンの放射光実験施設で行われ、光電子検出系を工夫することで世界最高のエネルギー分解能(6meV)を達成した。実験はまず、常伝導状態でブリリアンゾーン中の一点一点を絨毯爆撃的に測定して精確なフェルミ面を決定した。その後、温度を下げて超伝導状態の高分解能スペクトルを測定して超伝導ギャップのサイズを決定する。これをフェルミ面を与えるブリリアンゾーン中の各点で繰り返す。まさに気の遠くなるような実験である。測定に参加した東北大大学院生横谷尚睦氏によると「まさに息をつく暇もない測定でした。マシンタイムが限られていましたから」。
 実験結果を図1に示す。Cu-Oの結合方向であるブリリアンゾーンの\Gamma-M方向(横軸のFermi surface length では2付近に対応する)では30 meV もの大きなギャップが開いているのに対し、それと45° 傾いた \Gamma-X, \Gamma-Y 方向(BiO 層の超周期構造が走っている方向が\Gamma-Yに対応する)ではそれがかなり小さくなっていることがわかる。この結果は、スタンフォードのShen らの報告と定性的に一致していて、大まかにはd波(dx2-y2)のように見える。しかし従来の報告と根本的に異なる点は「超伝導ギャップの大きさが \Gamma-X および \Gamma-Y方向で完全にはゼロでなく、そこからわずかに離れた両脇の2点でゼロになる」ということである。従来の高分解能を越えた超高分解能にして初めて可能になった測定といえるだろう。この実験結果は、d波に他の対称性が混じっているということでは説明がつかない。なぜなら、その場合には、ノード(節)の位置が一方向にのみシフトして、対称線の両側にノードが現れることはないと考えられるからである。また、一方で、拡張s波(extended s-wave)の場合にはそのような制約はない。
 この実験結果について共同研究チームの東北大高橋隆助教授は「我々自身も驚いている結果だ。日米協力の分解能向上の努力の成果だと思う。しかしBi 系にはBiO 層の超周期構造の影響もあり、最終結論を出す前にまだ調べなければならない点がいくつかある。いますぐにでも追試確認実験を行いたいところだが、日本の放射光施設にあのような高分解能の装置がないことがかえすがえすも残念だ」と述べている。
 フェルミ面上の各点で超伝導ギャップの大きさを直接測定できるという他にはない長所を持つ角度分解光電子分光、その高分解能実験結果は高温超伝導パズルを再び混乱におとしいれるのか、それとも一気に決着に向かうのか、しばらくは目が離せそうもない。
この実験結果はPhysical Review Letters 誌に受理されており、まもなく掲載される。

(文)


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