SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, No.4, Vol.2, Apr.1995, Article 12

Nb 系ジョセフソン接合構造の特許不成立 〜 米国WE社の日本出願

 米国ウェスタン・エレクトリック(WE)社はNb/AlOx/Nbジョセフソン接合構造の特許を特許庁に出願していたが、1995 年2 月7 日 特許庁から拒絶の判定が下った。 Nb/AlOx/Nb接合構造はGurvitchらによる有名な論文 [APL, 42(5), 472, March 1983] で初めて発表されたもので、今日でも低温超伝導体を用いたジョセフソン素子の代表的な素子構造として用いられている。今回の特許庁の判定により今後のSQUIDやミクサの製品化にあたっても,この素子構造が特許に制約されることなく自由に使用できることとなった。本特許の不成立の経緯は、富士通研究所の今村健氏によれば以下のようである。
  本特許の発明者はGurvitchとRowellの両名で, 出願日は1982年8 月11日, 優先権主張日は1981年8 月14日である。特許請求の項目は 7つであるが、その主なものは以下の4項目である。
 (1) Nbベース電極の上に膜厚 1〜10nmの金属層を形成し,それを部分的に酸化してトンネルバリア層とする。( 対向する超伝導電極は問わない。)
(2) 金属層は, Al, Y, Zr, Sc から選ぶ。
(3) 対向する超伝導電極は, Nb, Re, Ta, Zr, W, Pb, Mo のうち一つを含む。
(4) ベース電極には, Zr, Ta, Alの内一つを含む。
 本出願特許は特許庁の審査を通過し、1991年4月22日公告となった(公告番号平3-28838)。なお、理由は不明であるが、米国内では本特許は不成立となった模様であった。富士通はこの特許が国内でこのまま成立した場合、Nb系ジョセフソン素子の実用化に与える影響は大きいと考え、同年7月22日に特許庁へ異議申立を行った。本特許の主眼点は1〜10nm厚のAl 等の金属層の採用にあると判断し、その点に絞った異議申立となっている。
 異議申立の論拠は以下の2 点である。
(a) 複数の論文[IEEE Trans. Magn., MAG-15(1), 589 (1979);同、591(1979)] において10〜50 \AAのAlの上にトンネル酸化膜を形成することが述べられている。
(b) 道上氏らの特許(特開昭58-21881)の従来技術の説明の中で、ベース電極(Pb, Nb, A-15 等)上に数10\AA Alを形成した後に酸化膜を形成することが述べられている。
 これに対して1992年4月14日WE 社は手続補正書によって以下のような特許請求範囲の修正を行った。 (1) ベース電極はNb, 対向電極はNb, Re, Ta, Zr, W, Pb, Mo から選ばれた材料からなり, ベース電極上にAl, Y, Zr, Sc から選ばれた膜厚 1〜10nmの金属層を形成し,それを部分的に酸化しトンネルバリア層とする。
(2) (1) において金属層はAl, 対向電極はNb。
 このように請求範囲を限定した上で, 富士通から公知の証拠として挙げられた(a) 〜(b) については以下のように主張してきた。
「(a) ではベース電極はNb3GeやNb-Al、対向電極は電極+Al酸化膜バリア等の組み合わせは新規のものであり、特許に値する」
 これに対して 富士通は1993年3 月22日、特許庁へ特許異議弁駁書を提出 した。この中でWE社が特許の主張点を「薄いAl膜の採用」から「Nb, Al, Nb等の材料の組み合わせ」に移してきた事に対応して, 以下の2 点を根拠として再度異議を申し立てた。
 (a)Hawkinsらの論文 [JAP, 47(4), 1616 (1976)] が示すように, 対向電極をPb からもっと安定なNbへ変えるのは, 当時の研究の流れとして公知のものであった。
 (b) 実際Laibowitz らの論文 [APL, 20(7), 254 (1972)] では, 連続成膜ではないが Nb, Al, Nb の組み合わせで接合作成が試みられている。
 この結果、1995年2 月 7日 特許庁より本特許出願を拒絶する旨の判定が下った。
 今村氏は「我々は今回たまたま公告に気付き、本特許の不成立のために行動を起こすことになった訳だが、 一方では,Nb/AlOx/Nb接合構造の優位性に着目し, 素子技術にまで完成させたGurvitchらの慧眼と努力に深く敬意を表する。また 技術がいかに優れたものであっても,それが 特許として成立し企業利益に結びつくまでの道のりの長さ・困難さに技術者の一人として感慨を覚える。今後 Nb/AlOx/Nbジョセフソン接合が日本で多くの製品の中に使われる日が来ることを切に期待する」と述べている。

(Super-Watcher)


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