SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, No.4, Vol.1, Feb.1995, Article 23

YBCO薄膜テープ開発の経緯と今後の期待

 これまで、SUPER-COMでは酸化物超伝導体の応用研究の様々な成果が掲載されてきた。ここ数年、線材の分野ではBi系2223銀シーステープが主流となっており、昨年よりこれを用いた超伝導マグネット、ケーブルなどのプロトタイプが完成し始めている。歴史を振り返ってみると、1987年にYBCOが始めて液体窒素温度(77K)を上回るTcを記録した直後から、これを用いた超伝導線材の研究開発が世界中でスタートしており、多くの研究機関では、77Kでの強磁界発生機器の実現が酸化物超伝導線材開発のターゲットとして掲げられていたようである。幸いにも、YBCOは、素材のポテンシャルとして77Kで数テスラの磁界発生が可能な材料であること、また、早い時期にAT&T Bell研究所のJinらが方向凝固法により作製したYBCOバルク材に大電流を通電したことなどから、線材開発は前途洋々の感があった。YBCO線材の開発は、YBCO粉末を銀管に充填し線材加工後焼成するといった方法から始められた。しかしながら、結晶粒界の弱結合、結晶が無配向であったことから、Jcが低く、特に磁界下でのそれは実用に程遠い値であった。これらを解決する手段である溶融凝固法も、銅系酸化物超伝導体に唯一適当な複合金属材である銀が溶けてしまうために採用できなかった。1990年には昭和電線電纜が銀テープ上に有機酸塩熱分解法によりc軸配向したYBCO厚膜テープを得ることに成功し、77K, ゼロ磁界下でJc=1.5x104 A/cm2 という当時のYBCOテープとしては非常に高い値を発表したが、その後進展は見られない。さらに、IBMのDimosらによりYBCOではab面内も結晶方位を揃えないかぎり高Jcが実現しないというデータが示され、また一つ課題が増えてしまった。
 一方、スパッタ法、蒸着法、CVD法など方法によらずSrTiO3などの単結晶基板上に77K、0Tでの数百万A/cm2 級の高JcYBCO薄膜ができ、さらに、これらの薄膜は磁界下でも高Jcを維持することから、かなり多くの研究機関で(外部発表は数少なかったが)金属基体上への薄膜形成による線材開発も試みられていた。しかし、c軸配向膜は得られるものの金属基体からの汚染により、Tcが低下し、77KにおけるJcも単結晶基板上の薄膜と比べて約3桁低い値にとどまっていた。YSZやSiなどのバッファー層を金属とYBCOの間に設けることによりTcの低下は抑制され、77K、ゼロ磁界下では104 A/cm2 のJcをもつテープができてきたが、結晶粒界の弱結合の問題が残っており、磁界下では急激にJcが低下していた。またIcも1Aに達しておらず、薄膜法でのYBCO線材開発は暗礁に乗り上げたと思われていた。
 このような低迷期のなか、藤倉電線(当時の社名)とSUPER-GMに3よる77Kで105 A/cm2 台のJcをもつYBCO/YSZ/ハステロイテープの開発(1991年)は大いに注目された。この開発のキーは、基板を傾けた配置でのイオンビームアシストスパッタ法によりYSZを配向させ、その上に堆積させるYBCOのab面内の配向を制御した点である。磁界中でも高いJcを維持したことから、この時点で残された課題は高Ic化と長尺化に絞られた感があった。しかし、このころには、長尺の77K、ゼロ磁界下で数十AのIcをもつBi系銀シース線材が開発されており、また、景気のかげりのため高JcYBCO薄膜テープの開発を新規に手掛ける機関がなく、現在に至っても民間企業では国内2社、海外1社(独)が取り組んでいるだけである。公立の研究機関も国内、米国で各1を数えるに過ぎない。
 国内で取り組んでいるもう1社の住友電工は東京電力との共同で、アモルファスのYSZをバッファー層として用い、面内配向していないにもかかわらず高いJcをもつYBCO/YSZ/ハステロイテープを開発してきた。このテープを60本束ねた直径40mmf、1m長の導体で77K、ゼロ磁界下でIc=103 Aの特性を得ることに成功している[SUPER-COM 1993年7月号]。この成功の意義はIcよりもむしろ薄膜法により1mクラスの導体ができたことにある。この線材は基板移動速度1.8m/hで成膜されたものであり、薄膜テープでも長尺化が可能であることを示した初めての研究である。  この後現在に至るまで、主に上記国内2社の開発によりYBCO薄膜線材の性能は確実に向上してきている。YBCO膜厚を厚くすることによる高Ic化の試みは、YBCO厚2オm、幅10mmのテープ(レーザーアブレーション法)でIc=103 A(77K,0T)を達成するに至った(電圧端子間10mm:このときのJcは4x105 A/cm2 )[フジクラ、SUPER-GM]。これは形状的には標準的なBi系の銀シーステープを3枚横に並べたものとほぼ同じであり、Icも3本の銀シーステープの和にほぼ等しい。ちなみに100mm長のテープではIc=52Aが得られている。またMOCVD法によるYBCOテープでも最近大幅な特性向上が報告され、50mm長で105 A/cm2 以上のJc(77K,0T)が得られている[フジクラ、中部電力:SUPER-COM 1994年12月号]。MOCVD法は高速堆積という点で優れた手法であり、また大面積成膜が可能な方法であることから、線材以外の用途、例えば磁気シールド体等への発展の可能性もある。長尺線材という点では、1m長で105 A/cm2 以上のJc(77K,0T)をもつテープが得られるようになってきている[住友電工、東京電力]。Jcは、さきの1m導体開発当時より5倍以上向上している。このYBCO膜はレーザーアブレーション法で成膜されたものであり、連続成膜中のプルームの発光強度と基板温度を正確に制御できたことがJcの向上につながったようである。ただし、このテープは膜厚が0.4オmと薄いこともあり、Icは3A台である。住友電工でも面内配向法を取り入れた短尺高Jcテープの作製を始めており、さらなる高Ic (Jc)化を進めている。77Kにおける磁界下の電流特性は面内配向したテープのほうが優れ、0.6Tの磁界が膜面に平行に印加された場合、Icは1/2程度までしか低下せず、また垂直に印加しても約20%残る。これらはBi系線材では到底実現できない値であり、磁界に強いYBCO系の特長が現われている。
このように、短尺で高Icの、また1mクラスの長尺高Jcテープが得られるようになってきており、今後この両技術の複合が期待される。薄膜線材で気になるのは製造に要する時間である。例えば、フジクラの2オm厚YBCO膜の場合でも基板移動速度は0.8m/hと十分に早く問題がないように思えるが、中間の配向YSZ層(厚さ1オm以下)の形成には時間を要するため高速化技術の開発が必要である。中間層の形成という点では金属材料技術研究所が開発したバイアススパッタ法が有望である[SUPER-COM 1994年6月号]。この方法では基体の両面に同時に配向したYSZ膜を形成できるため、実効的なJcが2倍になることが期待できる。YBCO/YSZ/ハステロイテープでは基体にハステロイが使用されているため強度面で非常に優れ、曲げ歪みも銀シーステープに比べてやや優れている。また、安定化はYBCO膜の上に銀を数オm蒸着するだけで十分である。以上のようにYBCO薄膜線材は、実用線材としての要件を着実に備えつつある。数10m長、Ic=100A級の線材が開発されれば、実用機器への展開が一気に加速されることになるであろう。
今後しばらくは、Bi系線材を用いた超伝導機器が普及すると思われるが、数年後、今世紀末頃には、77Kでの強磁界発生装置も含めて、1ランク上の性能を有するYBCO薄膜テープを用いた超伝導機器の普及が期待できる。

(JRA)



続報
Y系超電導線材復権か〜米国電力研(EPRI)が注目(Vol. 4, No. 4)

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