SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, No.4, Vol.1, Feb.1995, Article 19

ボルテックスフロートランジスタへの関心高まる

 高温超伝導体のトンネル接合形成の困難さから、接合を用いる高温超伝導三端子素子の研究開発が停滞している。その一方で、接合を用いないボルテックスフロートランジスタが少しずつ注目を集めている。ボルテックスフロートランジスタとは接合を必要としないで増幅機能を有し、基本動作特性の把握を目的とするなら、単層膜のパターン化により簡単に形成できる。最近その高速動作性能も明かになり、特性向上を目指して研究意欲に拍車をかけている。
 ボルテックスフロートランジスタ(VFT)の原理は簡単である。素子構造はボルテックス(磁束量子)がフローするチャネルの部分と、そのチャネルを含みテャネルに直交して電流が流れるバイアス電流線、それからチャネルにボルテックスを注入する制御線からなる。ボルテックスフローが生ずるTc 近傍の温度領域では、制御電流によってチャネルに注入されたボルテックスが、バイアス電流によるローレンツ力によってチャネルをフローする。このボルテックスフローはジョセフソンの関係式によってバイアス電流線のチャネルの両端に電圧を誘起する。これをフロー電圧といい、理想的には制御電流に比例してトランジスタの出力となる。
 この素子の原理は、15年以上前にLikharevらによって提案されている。ただしフローチャネルにはジョセフソン線路を用い、その意味で厳密にはジョセフソンボルテックスフロートランジスタ(JVFT) と呼ぶ。これに対して、ジョセフソン線路を用いない場合にはアプリコソフVFTと呼んで区別している。従来の金属超伝導体ではボルテックスフロー状態を作るのが比較的困難で、アプリコソフボルテックスのフローを直接利用する研究はほとんどなかった。ところが、高温超伝導体では、Tc が高く異方性が大きいなどの理由でボルテックスがフローしやすいために、従来の金属超伝導体では実現できなかったVFTがいとも簡単に実現してしまった。高温超伝導体におけるボルテックスフローのもう一つの特徴はフロー速度の大きさが105 - 106 m/sと従来の金属超伝導体でたかだか102 m/sであったことと比較して103 倍大きいことである。なぜフロー速度がこれほど大きいのか、高温超伝導体の混合状態における準粒子の散逸と関係して、その物理はまだ明かではない。
 アプリコソフVFT研究の背景としてJVFTに付随する問題が挙げられる。まずアプリコソフボルテックスに比べて、ジョセフソンボルテックスの大きさが大きいことである(ジョセフソン侵入長約数μmのオーダー)。ボルテックスフローのためには、ジョセフソン線路をかなり長くとる必要がある。そのため出力インピーダンスが小さく、出力も1mVよりもはるかに小さくなる。またJVFTで利得を大きくしようとするとジョセフソン線路長が長くならざるを得ず、RCやL/Rでスイッチ速度が制限されてしまい、高速性が犠牲になることも問題である。一方、アプリコソフボルテックスは大きさがコヒーレンス長のオーダーであり、ジョセフソンボルテックスに比べてフロー速度は小さいものの、フローするボルテックスの数がJVFTに比較して圧倒的に多いため、出力も大きくとることができて、スイッチ速度も数ps程度が期待されている。  最初の高温超伝導体VFT は Tl系を用いてWisconsin 大学とSandia国立研究所のMartensらのグループによって1988年頃に作られている。その後、増幅器以外にも、ミキサや位相シフタ、NORゲートなどを構成している。現在までに得られている特性は、約10 GHzにおいて小振幅利得が10から20dB程度、デジタル動作では応答速度30ー50 psなどである。用途としては、超伝導マイクロ波回路用の増幅器や、インピーダンスが大きく異なる超伝導回路と半導体の回路の間のインターフェースなどが考えられている。国内では1992年にNTTが、1993年ごろに名古屋大学がVFTの研究を開始している。両者ともYBCO系の超伝導体を使い、ボルテックスフローによる三端子動作と小振幅利得約1を得ているが、Martensらの報告しているような大きな利得はまだ得ていない。米国でも「VFTの研究者は多いがMartensの利得を再現した人はいない」という声が聞かれている。利得の向上にはフローチャンネルの形成がポイントと考えられ、現在収束イオンビーム(FIB)技術などが利用されている。例えば名古屋大学では、FIBで基板の上に複数の段差を作り、その上にチャネルを形成して良好なフロー特性を得ているがそれでもまだ利得は低い。チャネルの構造、形成法、設計概念などの確立が今後の研究課題である。いずれにしても、現在VFTは増幅機能を有する唯一の超伝導素子であり、高速性や用途の広さなどから関心が高まっている。 

(TOKO)


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