SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, No.4, Vol.1, Feb.1995, Article 10

磁界に強い 2 軸配向タリウムテープ線材

 YBCOやタリウム系線材の開発に新たな動きがでてきた。これまで長尺線材と言えばビスマス系シース線材に限られていたが、ここにきてYBCO やタリウム系テープ線材でも長尺化を可能にする製法の改良・開発が相次いで報告されている。本紙前号では中部電力/フジクラのYBCOテープ線材の例を紹介したが、日立製作所はタリウム系(Tl-1223)で磁界に強く長尺化も容易なテープ線材の製法を開発している。現在、線材のJcは77K、零磁界で90,000A/cm2 、1T の磁界中(B 垂直 テープ面)でも7,000A/cm2 を達成している。
 日立研究所で開発しているこの方法には大きな3つの特徴がある。その一つは膜の作製に常圧でのスプレーパイロリシス法を採用している点である。スプレーパイロリシス法は図1に示すように原料のBa,Sr,Ca,Cuの硝酸塩混合水溶液を超音波で霧化し、加熱した銀テープ上に吹き付けるという極めて簡単なものである。図1の装置によりこれまで5mm幅-40μm厚さの銀テープに1μmの膜を1mの長さまで作製している。この方法では、PVDや CVD法のように真空容器とそれに伴う複雑な機構を一切必要としないため、スプレーノズルを増設するだけで量産性が上げられる利点がある。得られる膜はTlを含まない超電導前駆体(Ba-Sr-Ca-Cu-O)であるため、その後タリウム酸化物の蒸気中で加熱しTl-1223膜にしている。
 第二の特徴は、膜の結晶配向を実現するために従来にない特殊な銀テープを使用している点である。この銀テープは市販の銀板に熱間圧延と熱処理を加えただけのものであるが、そのテープ表面の50%は、図2に示すように銀原子が超電導結晶と同じ規則性を持って配列しているという。そのため、前駆体膜の熱処理過程で生成するTl-1223の結晶がその影響を受けて一定方向に揃うものである。この銀テープの開発にあたった日立研究所超電導センターの土井俊哉研究員は「”立方体集合組織”と呼ばれるこの構造を銀テープで実現したのは、恐らく我々が初めてだと思う。ただ、銀の組織制御がまだ完全でなく、これを改善することで磁界中のJc はいまより確実に向上するはずだ」とコメントしている。
 YBCOやTl-1223テープ線材では、膜を構成する各結晶のc 軸がテープ面に垂直に配向(c軸配向)し、かつテープ面内にあるa軸が同一方向に揃う(面内配向する)ことが高Jc化のために必要である。例えばYBCO の場合、c 軸配向が達成されていても、隣り合う結晶 a軸が5度以内に揃っていないと弱磁界で急激にJcが低下するとされている。このような高度な2軸の結晶配向を実現するため、YBCO線材ではハステロイなどの金属テープ上に完全に面内配向したセラミックス中間層を形成し、その上に超電導膜を作製するという手順をとっている。これに対してTl-1223ではa軸のズレが10度以内とYBCOに比べると大分緩やかであることがISTEC・ SRLの生田目秀俊氏らによって示されており、銀テープ上での面内配向がタリウム系線材にとって有利であることを示唆している。勿論銀テープの配向度の向上しだいではY系にも適用できる可能性もあり興味深い。
 第三の特徴は、超電導膜が中間層などのセラミックスを介さずに直接銀テープに接していることから、超電導膜上に金属の安定化層を形成する必要がない点である。さらには、線材を何枚か重ね合わせ加熱一体化することにより高Jc化も可能である。
 Tl-1223は、高いTc(120K)と77Kでの高い不可逆磁場を持つため、Y-123と同様液体窒素マグネット用にその線材化が期待されてきた。開発当初は、Bi系と同じように銀シース法による作製が検討されていたが、高い結晶配向性が得られず、磁界中でのJc 向上に対する模索の時期がしばらく続いていた。ここにきて、面内配向と長尺化という二つの課題を同時にクリアできる手法の出現により、タリウム系テープ線材の開発も今後加速しそうである。日立研究所同センターの東山和寿主任研究員は「今後1年以内には線材と呼べるものができると思う」と自信の一端を覗かせている。一方、昨年のMRS Fall Meetingで GEを始めとした米国の研究機関によりタリウム系線材の発表が活況を呈していたことから、日米による開発競争がまたぞろ激化しそうな様子である。

図1 スプレーパイロリシス装置

図2 特殊銀テープとTl-1223の結晶構造

(Dr. K)


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