SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 1, Feb. 1998.

7. DOEの価格目標は実現し得るか?


 本誌(Vol. 6, No. 3)では、昨年2月米国ワシントン市で開催された高温超伝導体(HTS)線材に関するDOEワークショップでの、IGC社(Intermagnetics General Corporation)による"HTS開発状況及び将来計画"の発表を収録した。当ワークショップでは、ASC(American Superconductors Corporation)やOST(Oxford Superconducting Technology)等の超伝導線材メーカーも参画して、コンセンサス造りが行われ、下表のHTS線材のコスト/性能・要求(DOE目標)がまとめられたようである。

 このDOE目標に対しては、当初から日本人関係者の間で挑戦的な5年後の実現時期と厳しい目標コストに対して疑問が囁かれていた。ここにきて、本誌(Vol. 6, No. 6)の記事にあるように、EURUS(米国)、BICC(英国)、及びNST(デンマーク)により、Bi系HTS線材売出し計画の発表が続いており、又その売出し価格がDOE目標に比べかなり高価(EURUSのBi系線材価格は19.75 $/mとDOE目標10 $/kAmの80倍である)であることが判明した状況である。今回のHTS線材売出しは、最終ユーザーにとっていかに有益であり得るか、そしてDOEのコスト/性能(C/P)要求には本当に実現性はあるのだろうか。以下、この2つの設問について、EPRI(Electric Power Research Institute)のP. Grant氏など米国側の意見を紹介したい。

 先ず、明らかな点は、10 $/kAmは数年先の目標であることである。Grant氏と同じく、銀シースBi系線材例として5×0.5 mm2、銀比1/1、Ic = 100 A/0 T & 77 Kのテープを取り上げ、151.7 $/kgの銀価格を仮定すると、銀成分だけで20 $/kAmのC/P値に達する。銀コストは大巾に改善できないから、代替案は線材のIcを改善する事である。事実、若し100 Aを500 Aへ向上できれば、銀のC/P値は4 $/kAmに改善し、HTS材料費及び製造コスト分として6 $/kAmが残る計算になる。Grant氏は"500 AのIcは、全く不可能とは考えないが、実現するとしても、多くの年月を要するだろう。次世代線材(YBCO塗付導体)は、銀シースBi系線材の代替案になり得るが、この技術の成功も同様に相当先のことと思う"とコメントしている。また、EURUSが売り出すBi系テープのIc = 25 Aについて、U. Sinda氏(Southwire Co.)は"テープの巻線応用については、機械的強度や巻線後の特性など考慮すべき事項が沢山ある。25 Aテープはケーブル化すれば15 A位になるだろう。さらに電力密度を均等化する問題がある。EURUSが云っているのはピークのIc値であり、実際の応用機器で達成できる電流値ではない"とコメントした。

 次にDOEのC/P目標の意義については、種々問題はあるものの、HTS技術を商業的に育成していく為に必要であると評価する意見が多い。また、今回の3社によるBi系線材の製造、販売事業への参入を歓迎する意見がユーザー側に多い。Grant氏は、"HTSテープの販売は、正当な方向への第一歩である。理想的には、テープ製造者が詳細な仕様資料を発行し、我々ユーザーがそれを見て、実際に何が製品化まで来ているか、工業界の現状はどうか、顧客がそれに則って応用製品を設計し得る基礎データ等について正確に理解できることが望ましく、その行動が始まったと云うことである"と語っている。一方、超伝導線材メーカーの見方は概して冷たい。彼等は単に規格化したテープを売るのではなく、彼等のHTS線材技術を基盤として、むしろ附加価値が高いHTS製品の開発・製造に集中しようと考えている。ASC社のR. Lefebure氏は、"ASC社には、線材を売出す計画はない。我々の商売は、線材を特定の応用機器に組み込むことで、附加価値を増加することである。そのような観点から、多量の線材販売に向けた価格設定は考えていない。我々が関心を持つ、応用機器開発に集中し、利益対コストの有利なメカニズムを見付け出して、HTS及びLTS製品の商用化を計っている"とコメントした。

 最後にGrant氏は3社の製造能力について、次のように疑問を投げ掛けている。"3社がどれだけ多量の線材を製造できるか、それがどのような品質のものなのか、現時点では不明である。私の知る限りでは、多量の線材を製造できる会社は、ASC、住友、IGCの3社であり、他の会社は少量である。EPRIがEURUSから購入した2 kmの単芯テープは、酸素アニーリングを受けておらず、実際には、超伝導性を示すものではない。今回の単芯テープ製造の目的は、彼等のCTFF(Continuous Tube Filling & Forming)法により長尺テープ製造が可能かを実証する事であった。アニーリング等の後処理は単芯線を束ねる工程以前にも施す必要があるし、この束ね工程も別の問題を蔵している。 一方、EURUSは2 km/月の現製造能力を90日以内に12 km/月に増強する計画と云う。 NSTも60 km/98年の製造能力を発表する等意気揚々なところを見せている。

 以上、欧米3社のHTS線材製造、販売事業への参入及びコスト/性能のDOE目標に対する米国側の意見を紹介して来た。上記の設問は我国の関係者、とくに線材メーカーにとってはもって"他山の石"となすべきもので、今後真剣な検討と早急な対応が望まれるところである。

表 : HTS線材のコスト / 性能要求 (DOE目標)
ApplicationJe(A/mm2)
77 K, self-field
Cost/tape
($/kAm)
Field
(T)
Temp.
(K)
Ic/tape(A)
77 K, self-field
AC Loss
(mW/Am)
Bend Radii
(m)
Strain
(%)
Wire Length
(m)
Fault-Current
Limiter
10-10030→10(a)3-340→651000.40.15-0.050.2-0.4200-1000
Motor100104>25300NA0.050.2-0.31000
Generator
(100 MVA)
10104-520→65100-200NA0.1<0.2500-1000
Cable10-10010-100<0.2>65>30(b)0.150.01>0.4100-1000
Transformer10-10020→50.1520-652000.250.1-0.20.1250-3000
High Field
Magnet
105→1>204.2→65300-500NA0.010.5500-1000
Magnetic
Separator
1102-377500NA0.50.21000
(a)前商用段階から商用段階に至るまでに必要なコスト低減を表す
(b)単一線の電流を意味し、ケーブル導体の全電流は3〜5 kAである。