SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.1, Feb. 1996, Article 16

Tl系超電導体における磁界下のJc 向上に関するその後の研究 〜 東海大学

  本誌 Vol.3, No.4(1994.9)において、東海大学の太刀川恭治教授、大学院生(日本学術振興会特別研究員)菊池章弘氏らのグループによる、Tl系高温超電導体における臨界電流Icの改善が報じられた。その内容は、拡散法によるTl 系高温超電導体の合成において、フッ素(F)を添加すると、PbやSrの置換を行わなくてもTl-1223相の生成が著しく促進され、このTl-1223相は77K、ゼロ磁界で10,000A/cm2に近いJc が得られるとともに、磁界下で優れた特性を示すというものであった。同研究グループでは、一層の特性改善を目的とした研究が進められており、その後の経過を紹介する。
 拡散法はTlを含まない高融点成分とその上に被覆した低融点成分の拡散反応により、超電導層(拡散層)を生成させるプロセスである。低融点成分にTl2O3の代わりにTlFを用いたTl-1223拡散試料は、830℃で2時間の熱処理により、厚さ約150μmの1223拡散層が生成され、77K、ゼロ磁界下で幅5mmの試料で約70A の輸送電流を得ることができた。最近、この熱処理を改良し、830℃で2 時間保持した後、800℃まで7.5℃/h の速度で徐冷すると、77Kで得られる輸送電流が110Aまで向上した。図1にそのF添加徐冷試料のIcー磁界曲線(○印)を示したが、1.5Tの磁界を印加しても10Aの輸送電流を維持しており、また弱磁界でのIcの低下も改善されている。拡散層の厚さは同様に150μm程度であるが、常伝導領域における抵抗値が減少する傾向にあることから、徐冷処理が拡散層組織の緻密化、均質化に役立った と考えらる。
 同研究室では、徐冷を行わない従来の熱処理を行なった試料について、TlFを用いた場合の組織の変化を研究した。図2はTl系拡散試料の破断面のSEM組織であるが、(a)のTlFを使用しない2100/0122試料(Tl:Ba:Ca:Cuの原子比で低融点成分/高融点成分の組成を示す)の拡散組織には、数μmφ程度のCa2CuO3やボイドの存在が認められる。この試料の拡散層はTl-2223相である。一方、(b)のTlFを使用した2(F)100 / 0122拡散試料はTl-1223相になり、第二相の少ない均質で緻密な組織を呈しており、このような組織的変化が、図1に見られる約20A(▲印)から約70A(●印)までの、F添加による、77K、ゼロ磁界での輸送電流向上の原因と考えられる。
 図3は F添加により生成された1223相のc 軸長の熱処理時間による変化であるが、熱処理時間が長くなるに従い、c 軸長は短縮され、エラーバーで示すそのバラツキも少なくなっている。この測定は(財)電力中央研究所の設備により、同研究所超電導特別研究室の小宮世紀研究員と共同で行なわれた。830℃で2時間の熱処理により、生成された1223相のc 軸長は約15.85≠ナあり、文献値よりもやや短い。 従ってF添加は、2223相→1223相の相変化を促進させるフラックス的な役割を果たすとともにc 軸長を短縮させる。
 拡散試料の、印加磁界による超電導遷移の抵抗変化を測定したところ、図4 に示す曲線になり、(a)のTlFを使用しない2100 /0122試料(Tl-2223)に比べ、(b)のTlFを使用した2(F)100 /0122試料(Tl-1223 )の抵抗の裾引き幅は明瞭に小さい。この測定から、F添加したTl系拡散試料の77Kにおける、通電電流10mA 、発生電圧1μV/cmの不可逆磁界は10T程度に達する。このような磁界特性の向上は、前述の1223相の結晶構造の2次元性が改善されたことに起因していると考えられる。
 さらに拡散生成後に、600℃で酸素中焼鈍を行なっても、輸送電流の向上がみられる。酸素中焼鈍により常伝導領域での抵抗値が約1/2に低減しており、超電導結晶粒間の弱結合が改善されたと考えられる。その結果、拡散層の断面積から換算したJcは約15,000A/cm2になる。圧延などの加工を加えず、バルクに近い150μm程度の厚い膜において高いJc が得られることは実用面からみても注目される。このTl系超電導体のF添加による、77K、磁界下での輸送電流の改善は、最近、海外でも反響を呼び、米国・アルゴンヌ国立研究所やスイス・ジュネーブ大学などにおいて研究が進められている。本成果について、太刀川教授は、Tl系超電導体内のFの挙動を研究して、2223相から1223相への相変化の促進のメカニズムや、組織の緻密化の原因が明かにされると有意義な知見になるだろうと述べている。

図1 Tl系拡散試料のIcー磁界曲線

図2 拡散層断面のSEM組織(a )無添加試料、(b )添加試料

図3 Tl-1223のc軸長の熱処理時間変化(a )無添加試料、(b )添加試料

図4 超電導遷移の印加磁界による変化

(西東)


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