SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.1, Feb. 1996, Article 4

レニウム添加水銀系超伝導体への期待

 一連のHg系超伝導体[HgBa2Can-1CunOy(n=1,2,3,4,…)]が発見され、Tl系超伝導体を抜くTcの新記録(135K: HgBa2Ca2Cu3Oy[n=3: Hg1223相])が達成されてからまもなく3年が過ぎる。特に高圧下で、室温の半分以上の温度に当たる164Kで超伝導転移が観測されたことは、新しい高温新超伝導体ブームの到来を予感させるに十分であった。しかし、Hg系超伝導体がTcが100K以上の常圧下で合成できるバルク超伝導体としてTl系以来の久々の物質であり、高温での実用材料の候補物質となるべきものであったにもかかわらず、最近まで積極的な応用研究の動きはほとんどなかった。これは、Hg系超伝導体の原料、プリカーサーが化学的に不安定であり合成過程において大気に暴露できないという面倒さと最終生成物もまた化学的に不安定であることに拠るところが大きい。
  東京大学工学部 の岸尾光二 助教授、下山淳一 助手らのグループでは、Hg 系超伝導体発見の直後より元素置換によりこの物質の化学的安定化を試みており、まずBaをSrで全置換した(Hg,M)Sr2(Ca,Y)n-1CunOy (M=Cr,Mo,Re: n=1,2)の合成に成功した。これらの物質は確かに大気中での保存において化学的に安定であったが、Tcは高くても約100KにとどまりHg系超伝導体の高Tcの魅力が失われていた。他の研究機関においてもBaをSrで全置換したHg系超伝導体が十数種類発見されたが、すべてn=1または2の相でありTcもやはり100K以下あった。やがて、同じく下山氏らのグループにより少量のRe添加がHgBa2Can-1CunOy (n=1,2,3,4)の化学的安定化に有効であることが発見された。Reの添加による本質的なTcの低下はまったく認められず、n=3の物質は135KのTcを示した。このReを添加した試料は、大気中に1年以上放置しても構成相、超伝導特性に変化がなく非常に安定であることが確認されている。さらにReの添加により、Hgとプリカーサーの反応を石英封管内で行なう以外は大気中での調製が可能になった。
このHg系超伝導体に対するRe添加効果は一昨年秋にISS'94(北九州)で報告され、それを契機にRe添加Hg系超伝導体の応用研究が主に米国で始まった。昨秋のMRS(米国材料学会)では、米国国立強磁場研究所から水銀の蒸気圧制御のための高温Hg浴を持つ反応容器を用いた材料作製状況が、またヒューストン大学からはNiベース合金基体上での配向厚膜テープ線材の作製について報告された。特筆すべきは後者の研究で、77K,ゼロ磁界下において2万5千A/cm2という高いJcが得られている。この値は線材開発初期としては非常に高いものであり、作製方法、条件の最適化によりさらにかなりの向上が期待できる。酸化物超伝導体の一般的な複合材であるAgなど多くの金属はアマルガムを形成するが、NiとHgはほとんど固溶しない。ヒューストン大学の研究結果はHg系超伝導体の金属複合材としてNiが適していることを証明している。逆に前者、米国国立強磁場研究所では、Agアマルガムの生成を利用して、Agシース線材においてHgを外部からAgアマルガム層を通して拡散させることにより、内部にHg系超伝導相を生成させるという方法が試みられている。 Re添加HgBa2Can-1CunOyの微細構造については、現在のところ明らかになっていない。
 しかし、京都大学化学研究所の高野幹夫教授らのグループと岸尾助教授らのグループが共同で高圧法により合成したRe添加 HgSr2Can-1CunOy (n=2,3)の構造については、最近米国アルゴンヌ国立研究所のJorgensen氏らのグループとの共同研究により中性子回折実験において明らかにされた(Physical Review Bに投稿)。それによれば、ReはHgサイトを置換しReイオンは各々酸素イオンを引きつけReO_6_の8面体を形成しており、Reイオンと隣接酸素イオンの距離は二元系酸化物ReO3の場合とほとんど変わらないという。単体の酸化物としてのReO3が非常に高い金属的な電気伝導度を持つことから、Hg面にReO_6_構造を導入することは物質の電気的磁気的異方性を低下させ、ピンニング力強化に寄与することが考えられる。実際、無配向燒結体についてではあるが、Re添加HgBa2Ca2Cu3Oyの不可逆磁界がReの添加量の増加とともに飛躍的に向上し、Hg0.75Re0.25Ba2Ca2Cu3Oyについて86Kでも7Tを越えるという他の酸化物超電導体をはるかに凌ぐ結果が得られている。
現在、最も長尺材料の開発が進んでいるBi系はピンニング特性が劣るため液体窒素温度など高温での高磁界用途に向かず、Y系、Tl系は結晶配向の制御、粒界の弱結合の問題が金属複合薄膜テープの開発によりクリアされつつあるが、実用的なレベルでの長尺線材はまだ得られていない。Re添加Hg系超伝導体はこれら既に開発研究が進められてきた物質に比べて優れた資質を持っている可能性が高く、線材としての開発が早急に試みられるべき段階に入ってきた。

(AKACHIN)


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