SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.6, Dec. 1995, Article 22

いったい何が起こっているのか? 〜磁束格子の相転移をめぐる近況

 高温超伝導体の磁束格子の熱力学は、初期の頃から重要問題を提起し続けている。特に電気抵抗に現われる磁場下の超伝導転移の広がり現象などに端を発した磁場下の相図の問題は常に議論の中心となってきた。理論の方では高温超伝導以前から、磁束格子の融解転移について2次元系特有のBKT転移の可能性が提案されていた。一方、高温超伝導体の実験でも、これまでI-V特性の実験などからガラス相への相転移(二次転移)が確実にあると主張され、さらに試料の質を高めると、一次転移が観測されると主張され、一次転移はおそらく融解転移であると考えられてきた。しかしながら、これらの主張を裏付ける熱力学量(磁化、比熱など)の異常は最近まで報告されていなかった。このため磁束格子の相転移をまゆつばな議論であると考える研究者も多かった。
 理論的にも最近「磁場の揺らぎを取り入れると、乱れの強い極限では、ガラス転移は厳密にいえばなくなる」との主張(1)がされたり、融解転移の低温側は新しい相であるとの提案(2)もされていると聞く(京大理池田隆介氏による)。
 ところがここ1年ほどの間に複数の研究者が磁化に同様の跳びを発見し、磁束格子の相転移を直接とらえた実験であると主張し、磁束格子の相転移の問題もこれまでになかった新しい角度から活況を呈してきた(アルゼンチン原子力エネルギー研Pastriza ら(3)、Weizmann研Zeldovら(4、8)、電総研山口ら(5)、東大総合文化・花栗ら(6)、東大工為ヶ井ら(7)(以上Bi2212系)、東北大金研西嵜ら(9)、Argonne国立研Welpら(10)(以上YBCO 系)。報告(4、7、8)は局所ホールプローブを用いて測定されたものであり、これに対して報告(3、5、6、9、10)はSQUID磁束計を用いた巨視的磁化測定に基づいており、異なる方法で同様の結果が得られていることになる。
 Bi2212系の5研究機関による報告およびYBCO系の2研究機関による報告は、どれもそれぞれの物質で類似の相境界を与えており、結果の信頼性は高そうに思われる。しかしながら、それらの詳細を比較してみると多くの未解決の重要問題を含んでいる。それらを列挙すると、以下のようになる。
 そのような跳びは観測されないと主張する研究者もおり、まだ「だれもが容易に観測できる現象」のレベルになっていない。特に良質試料を用いることが本質的であるとの指摘もある。実際文献(4、6、7、8)の結果はいずれも東大工岸尾研の試料を用いて得られたものである。関係者の話を総合すると、どのような試料をどのような条件にした場合に磁化の跳びが観測されるか(あるいはされないか)、実験家がまだ完全につめられていないようである。
(2)SQUID を用いた巨視的磁化測定では見られない異常な振る舞いが観測されており、おそらくピンニングなどに関連した試料内の磁場の不均一が原因であろうと考えられているが、その詳細を理解するには至っていない(5、6)。
(3)さらに低温にすると、磁化の異常は消失し、かわっていわゆるピーク効果が観測される。この「異常」からピーク効果への移り変わりの詳細はまだあきらかでない。Zeldov ら(8)は、これが一次転移から二次転移へのクロスオーバーであると主張しているが、とくに明確な科学的根拠があるわけではない。むしろ、同一の温度で両者が共存しているデータが巨視的磁化測定で得られている(6)。このピーク効果は、次元クロスオーバーに関連した現象と考えられているが(11)、この他にも融解転移直下の弾性定数の軟化に伴うと思われるピーク効果も得られており(7、9)、ピーク効果と磁化異常との関連は非常に興味深い。
(4)磁化の跳びの大きさの温度依存性は単純な融解理論から期待される振る舞いと逆である(4、6)。また、異なる酸素濃度を用いた組成依存性の比較からも、単純な融解転移と相いれない結果が得られている(6)。したがって「一次転移である」ということ以外、融解転移を積極的に支持する実験事実は殆どない。
 次にYBCO 系も含めると(5)跳びの大きさは、理論(12、13)から期待される値よりもはるかに(約1〜2桁)大きい。特にYBCO では、両者の実験報告の間での差が目立つ。一方理論の方でも(13)サイズ効果が完全に除去されていないようであり、跳びの大きさについては、実験・理論両面で課題を残している。
 このように詳細にいたっては多くの問題を抱えているものの、磁化で跳びが観測されること自体は確立されつつあると考えてよいように思う。するとこの異常を比熱でとらえられないか、というのが次なる興味であるが相転移以前に殆どのエントロピーが死んでしまっているので、非常に高分解の測定が必要である。東大総合文化花栗らはBi 2212系で、交流法による0.1%分解能の比熱測定を行ったが、特になんの異常も発見できなかった(6)。これは相転移が2-3Kの幅を持っているため、結果的にわずかに分解能が劣ってしまったためと考えられている。一方、ETH SchillingらはYBCO でDSC法で0.02%分解能の測定を行ったが、やはりなんの異常も検出できなかった(14)。彼らの測定の場合には、測定者みずからが認めているように、用いた単結晶に原因があると考えられている。
 磁束格子にいったい何が起こっているのか、今しばらく解決までに時間が必要なようである。

(丹沢)


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