SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.6, Dec. 1995, Article 20

高温超伝導のC軸方向伝導をめぐる謎 〜シンポジウムでの話題

 さる10月27〜29日、盛岡で開催された国際シンポジウムFrontiers of High -Tc Superconductivity では、高温超伝導に関する多くの問題が活発に議論された。中でも、c 軸(CuO2面間)方向の電気伝導については、新しいデータが報告されたこともあって参加者の注目を集めた。ここで c 軸伝導に関するこれまでの理解と最近の発展を眺めてみよう。
 そもそも c 軸方向の抵抗率ρc の温度依存性は、高温超伝導体の発見当初から指摘されてきた謎であった。多くの高温超伝導体では、CuO2面に平行な方向の抵抗率ρab は金属的な電気伝導を示し、ρc は半導体的な挙動を示す。このような抵抗率の異方性は高温超伝導体に特有のもので、類似の結晶構造を持つ非銅系の擬2次元酸化物(例えばLa2-xSrxNiO4, SrRuO4 , Bi2Ba3Co2O9など)では見られない。これらの酸化物では、ρabが金属的「半導体的」なら、ρcも金属的「半導体的」である。
 この問題における最近の進展として(1)ρc絶対零度まで半導体的か?(2)c 軸方向の平均自由行程ιcはどのくらいか?の2点に関する実験的理解が深まったことがあげられる。(1)について安藤(電中研、現AT&Tベル研)らはLa系超伝導体に60Tの強磁場を加え、その超伝導転移をおさえることによって、ρabおよびρc はともに低温でlogT に比例して発散することを見いだした。
 一方、内田(東大)らはZn 置換によって超伝導を抑制した60K相Y系で、金属的なρabと半導体的なρc が1.4Kまで続くことを報告している。低温でのρabの食い違いについては未解決であるが、安藤らの用いた試料(La1.87Sr0.13CuO4)は、いわゆる「1/8問題」の不安定性を示す特殊な試料であるとの高木(東大物性研)の批判もある。いずれにせよ、これら2つの報告はρcが(恐らく絶対零度まで)半導体的であることを示唆しているように思う。(2)については田島・寺崎(超電導工研)らはもっとも伝導性のよい 90K相Y系試料においてすら、ιcは c軸方向の格子定数以下であることを見いだした。この異常に短いιcはMackenzie (IRC, Cavendish研)らのTl系単結晶においても観測されている。また本シンポジウムで、中村(広島大)らはLa 系のρcが圧力により大幅に減少することを発表し、c 軸伝導に新たな謎を付け加えた。
上で述べた最近の実験結果は、通常のFermi 流体理論では説明できないように筆者には思える。 実際、Fermi 流体の立場で提唱されたρc に体する全ての理論は実験事実を説明できない。 エキゾティックな理論に目を転じると、基本的な考え方はつぎのように大別できる。
・c 軸伝導を担うキャリア濃度が減少する?
2次元では、まず転移温度 Tmf で超伝導の秩序パラメタの振幅が有限になり、さらに低い温度TKT=Tcで 位相がオーダーする。言い換えるとTc 以上(TKT<T < Tmf )でも超伝導電子が存在し、その密度は低温になるにつれて増大している。このとき、c軸伝導を担う粒子は常伝導電子(準粒子)なので、その密 度は温度の低下とともに減少しρcは増大する。Emery (Brookhaven )の位相揺らぎ(phase fluctuation)モデルは、基本的にこのような考え方に立脚している。永長(東大)によるRVB状態でのゲージ理論では、c 軸伝導はスピノンとホロンが合体して面間をホップすることで起こる。したがって、スピノンが先に「超伝導」を起こしてしまうと、ホップできる「常伝導」スピノンが減少するため、ρc は低温で増大する。これらの解釈にはTc より上に別の転移(スピンギャップ)が必要である。スピンギャップ温度 は、前者ではTmfに、後者ではスピノンの「超伝導」転移温度に対応する。
・キャリアは 1 粒子では c 軸方向に運動できない?
Anderson ( Princeton大)らによれば、CuO2面の電子は強い電子相関のため、ペア(一重項)を作っているため、面間の1 粒子ホッピングが強く押さえられるという。低温で系が 3次元的になるためには、2粒子(一重項対)で面間をホップする(超伝導)か、面内、面間ともに局在が起こる(絶縁体)かのどちらかでしかない。この考え方はスピンギャップを必要としない点で、上で述べた理論と区別される。
・実はρab も半導体的?
Varma(AT&Tベル研)らのマージナルフェルミ流体は、(異方的)3次元の電子状態を記述するので、ρc だけでなく、ρabも低温では半導体的になることを予言する。両者の違いは抵抗率が金属的から半導体的な温度依存性を示すクロスオーバー温度の違いだけである。
 高温超伝導に限らず、ある現象の本質がたった一つの実験結果から理解できることはない。その意味で高温超伝導の機構解明を巨大なジグソーパズルに例えると、一つの実験はパズルの1 ピースを与えてくれるにすぎない。しかしながら、ここで取り上げたc 軸方向の電気伝導は、間違いなくパズルの心臓部を構成するピースの一つであろう。これが正しくはめ込まれたとき「高温超伝導」の全容が我々の眼前に現われるに違いない。

(TERRA)


[ 前の号へ| 前の記事へ| 目次へ| 次の記事へ| 次の号へ]