SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.6, Dec. 1995, Article 1

超高磁場用Bi2212系線材を開発 〜 金属系を超える臨界電流密度

 酸化物超電導体は、年々その臨界温度や臨界電流が向上し、送電ケーブル、電流リード、あるいは液体窒素冷却超電導マグネットなどの実用化を目指して精力的な研究が続けられているのは、本誌の読者ならよくご存じのはず。ところで、酸化物超電導体には応用を考えるうえで見逃してはならないもう一つの重要な側面がある。それは、液体ヘリウム温度近傍において発現する、100Tを越える非常に高い臨界磁界である。酸化物超電導体の発見は臨界温度を従来の金属系超電導体の20Kから、160K近くにまで高めたが、極低温における臨界磁場も一桁向上させているのである。この性質を利用すれば、従来の金属系超電導マグネットの発生磁場の最高値(20T程度)を、飛躍的に向上できる可能性がある。このような超強磁場は従来パルスマグネットもしくは大がかりなハイブリッドマグネットなどにおいてのみ実現することができた。もし、高温超電導体の持つこの性質をうまく引き出すことができたら、科学技術や産業の分野で超強磁場を手軽に利用できるようになり、様々な応用展開が期待できる。このような超強磁場マグネットの開発は本誌前号で紹介されたように今年度末に金属材料研究所で行なわれるコンテストを皮切りに今後開発が加速されてゆくと考えられる。
 さて、この超高磁場応用に道を開く新しい線材が、10月24、25日、茨城県つくば市で開催された日米高温超電導ワークショップで、日立製作所日立研の岡田道哉主任研究員から報告された。この新線材は銀シース法で作製されたBi2212系の多芯テープ線材。銀シース法といえば同じビスマス系でもTc が105KのBi2223系がよく知られており、既に本誌でも何度も紹介されているが、今回日立が開発した線材はTc が80Kであり、液体窒素温度での応用は今のところ全く考慮していないらしい。しかし、最近になって東北大学渡辺和雄助教授との共同研究によって4.2Kでの線材性能には特筆すべきものがあることがわかってきた。幅5mm、厚さ 0.13mm、長さ 30mmの標準的な線材は4.2K、30Tで1710A/mm2、臨界電流で約200Aの実力を持つ(図)。高温での性能を犠牲にして低温度での性能を極限まで向上させた格好。同じ規格のBi2223系線材に比較して4.2Kでの臨界電流性能は少なくとも2〜3倍向上しているという。
 今回の性能向上について岡田氏は「Bi2212は部分溶融させることでJcを飛躍的に高めることができるが、これまで銀シース内で部分溶融すると線材内部からのガス発生によって、テープ線がゴム風船のように膨れるため作製は困難であった。今回の成功はこのガス発生をうまく抑える工夫を施し、さらに加工工程を改良して厚さ5〜10μmの薄く配向・緻密化した多芯超電導フィラメントを実現できたことによるという。また、長尺化を坦当している日立電線(株)佐藤淳一氏によると「この線材は当初から実用化を意識しながら工程を簡略化し複雑な処理を極力排除して開発してきた。このため線材の製造期間はBi2223系に比べて大幅に短縮され、実用的な長さの線材への対応も万全」とコメントしている。開発した線材のJcはBi2223系では最も一般的な手法であるドクターブレード法などの成膜法との線材と比較しても、同等以上の水準となっている。今後はコイル開発に注力していく予定とのことであるが、コイル化を共同で進めている金属材料研究所・戸叶一正総合研究官によれば「強磁場コイルの開発は限られた空間にどれだけの電流を流せるかがポイントであり、線材の接続法や強大な電磁力を保持する方法など、まだまだ、たくさんのマグネットテクノロジーの開発が必要」という。
しかし「現在はまだまだ要素実験の段階」としながらも、にぎりこぶし大のコイルに550Aの大電流を通電し、3.3Tの磁場発生に成功するなどコイル化技術の開発も着々と進み、将来の大きな可能性を予見させるに十分である。日米超電導ワークショップに参加したアメリカンスーパーコンダクター社の技師長 Alex Malosemoff 氏は「今回のワークショップで知った最大のニュース。素晴らしい」と賞賛している。この分だとそう遠くない将来に、超強磁場を発生できる酸化物超電導マグネットが実現しそうである。

図 Bi2212銀シース線の磁場中Jc(4.2K)

写真 6段パンケーキコイルの外観

(Clark Kent)


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