SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.4, No.5, Oct. 1995, Article 14

永久磁石で水や有機液体の形が変わる 〜 増強モーゼ効果発見

 「磁性物質は磁石に引きつけられるが水溶液や有機液体は磁石に反応しない」、これが弱い反磁性や常磁性物質に対する磁場の効果の常識だった。この常識の壁を破るデモンストレーションが東大工学部超伝導工学専攻北沢研究室において行なわれ、「増強モーゼ効果」と命名された。
写真1は中心磁場強度 0.58 T の永久磁石の中にガラス容器に入れられた硫酸銅水溶液(弱い常磁性)が入っている。この場合、従来信じられていたように変化は見られない。
ところが、この液体の上に有機液体を注ぐことによって驚くべき効果があらわれる。写真2で用いている硫酸銅水溶液は濃度を減らして磁化率を丁度ゼロになるように調節している。したがって、これは本来磁場に反応をするはずのない液体と言える。ところが、その上に有機液体を注ぐことによって非磁性の硫酸銅水溶液は永久磁石に引き寄せられ、山のように高くなる。用いる有機液体はどのようなものでも構わないが、この現象を際だたせる秘密は、有機液体の比重を調節して水溶液に近付けることである。写真ではベンゼン- モノクロルベンゼン混合液が用いられている。
 一方に磁化率ゼロの液体を用いているので、この現象はむしろ弱い反磁性を示す有機液体が磁場の外に押しやられる力によって生じている。この力も、有機液体単独で永久磁石中に置かれただけでは液体の変形を起こすほどに大きなものではないが、密度の近い2液体を用いることによって増強効果が得られている。定量的解析によると比重は水溶液と1 %程度位の差になると写真の程度の効果が生じるという。さらに有機液体の比重を軽くすると写真 3 のように液体の上下が逆転する。ここでは有機液体が磁場で割れるように外に押し出されている。これが十戒で知られるモーゼの奇跡に因んでモーゼ効果と呼ばれる所以である。
 実験にあたった大学院生の廣田憲之氏は「永久磁石での液体の形状制御はこれまでにも磁性流体を用いることで行なうことが出来た。しかし、磁性流体は特殊な液体と言え、水溶液や有機液体といった極めて"一般的な液体"では10 T 程度の強磁場を使わなければその形状変化は不可能だと思われていた。この発見の意義は"一般的な液体"の形状制御が永久磁石でも可能となることを示せたところにある」としている。北沢教授は「コロンブスの卵だ。しかし、いったん、メカニズムが理解されると、溶媒抽出や懸濁液を使う化学、セラミックス、金属などの種々のプロセスへの応用が考えられる。ポイントは粒子と液体の比重の一致。また、生物への磁場効果の一つのメカニズムとして見るのも面白そう。生物は水と脂などの懸濁液として見ることもできる。私には難しいメカニズムの計算は理解できなかったが、永久磁石でできないと面白くないと彼らにいい続けた甲斐があった」とコメントしている。なお、詳細は雑誌「金属」Vol.65 (1995) No.9 793を参照。

写真1

写真2

写真3

(MOSES)


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