SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, No.4, Vol.3, June 1995, Article 10

磁気共鳴 (NMR, MRI)への高温超伝導コイルの応用

 今春の米国物理学会でコンダクタス社のリッチ・ウィザース氏が招待講演を行った。即ち、
 高温超伝導応用を考える上で、まずその特徴を活かすことが重要であり、 以下の特徴はおそらくすべての読者の同意が得られるものと思う。 すなわち1)低温度領域でNb3Sn以上の高い臨界磁場を有する。すなわち、高磁場を必要とするシステムへの応用が可能であること。2)臨界温度が高いこと。すなわち、高温で運転するシステムへの応用が可能であること。
 以上の応用のうち1)に示した高磁場発生応用として、NMR分析装置の主コイルに高温超伝導コイルを使用することが考えられる。NMR分析装置では磁場を高くすることにより、分解能とS/N比が向上する。したがってNMR研究者にとって"より高磁場"という要求は尽きることがない。この場合、高温超伝導コイルは従来の金属系超伝導コイルと比較されることになる。したがって、4.2K以下の温度で20T以上の磁場中で運転するシステムとなろう。すでに本誌Vol.4, No.1 1995.4で報告されたように、米国ではフロリダの国立高磁場研究所を中心として25T(1.066GHz)NMR分析装置用磁石の開発プロジェクトが開始される。このシステムは21T(900MHz)を発生するNb-TiおよびNb3Snコイルの内側に4Tの高温超伝導コイルを挿入するというものである。一方、日本でも科学技術庁の新5年計画、第2期マルチコアプロジェクトが本年度よりスタートしている。この中の強磁場応用コアで、金属材料技術研究所が中心となって、23.5T(1.0GHz)のNMRシステムの開発が計画されている。システムの仕様は未定であるが、ほぼ米国で計画されているものと同等である。また、不確定情報ながら、ヨーロッパではフランスのグルノーブル国立研究所が中心となって、類似のNMRシステムの開発を検討しているという。
 NMRや MRIシステムでは、上記の主コイル以外にもいくつかのコイルが用いられている。 例えば、磁場均一性を向上させるためのシムコイル、MRIで位置情報を得るための傾斜磁場コイルや、これと対に用いられるシールドコイルなどがある。これらのコイルはシステム構成の工夫により、必ずしも主コイルと同じ温度や室温で運転する必要はなく、高温超伝導コイル適用の可能性があると考えられる。
 高温超伝導体の特徴2)に挙げた高温運転の可能性では、比較の対象は一般に銅コイルとなる。銅コイルは一般に室温付近で使用されるため、高温超伝導コイルの運転温度は高いほどメリットが大きい。リッチウィザース氏は、高温超伝導コイルを用いる効果について、上記講演の中で以下のように述べている。 「コイルが常伝導であろうと超伝導であろうと、核磁気共鳴ではスピンによって電圧が発生し、いずれの場合も同じ電圧が発生する。違いは発生した電圧が何を引き起こすかにある。常伝導コイルではコイル抵抗によって発生電流は制限され、したがってプリアンプに供給される電力も制限されてしまう。一方、超伝導コイルでは抵抗がずっと小さいのでより多くの電流が流れ、プリアンプに供給される信号電力は大きくなる。またコイルは冷却されているので、発生する熱雑音が小さい。この結果としてシステムのSN比が大幅に改善される」。
 NMRをツールとして用いる化学者たちにとってシステムのSN比が改善されることは重要な意味を持つ。「従来の検出コイルを高温超伝導コイルに置き換えることによってバリアン社の改良型システムでは3倍のパフォーマンスを得ている。つまり9.4テスラのマグネットを持つ400MHzシステムのSN比が1500に達している。そしてこのシステムの価格は約40万ドルである。つまり高温超伝導コイルを用いた400MHzのシステムはその感度が200万ドル以上する17.6テスラのマグネットを持つ750MHzシステムと同等になる」これによって化学者はより希薄な試料または弱い信号しか得られない試料の分析が可能となり、また、は同等の結果が短い時間で得られるようになる。ウィザース氏によれば「高温超伝導検出コイルは3倍のSN比が得られるために、測定時間を1/9にすることができる」。そこで米国ではNMR分析装置用プローブコイルを高温超伝導に置き換えるべく、コンダクタス社とバリアン社が契約締結の予定であるという。一方、NMR顕微鏡については、今のところ「NMR顕微鏡は本質的にはMRI のミニチュアである。同じように働き、同一の結果を得る。違いは観察領域が狭いだけである。NMR顕微鏡は研究用装置として広く使用されるものであるが、測定時間が長いため、医用には用いられない。典型的な研究用途として小動物の観察や、神経組織など切除された組織の観察などに用いられる。共同研究者であるデューク大学のアル・ジョンソンとボブ・ブラックによって、ブロムベンゼンによるラットの肝臓の損傷が観測されている。これは通常の光学顕微鏡では観察できなかったものである」と報告している。
 もうひとつの特徴は3次元情報が得られることである。MRI は本質的に3次元情報が得られるものである。コンピューターによっていかなる面であろうと、その面のデータ解析を行ない、表示することが可能である。 従来の顕微鏡では文字どおりスライスして染色した組織を観察していた。スライスするということはまさに観察する面を決定していることになるが、このコンピューターは画面を再登録することはできないし、望みの面を提供することもできない。ウィザース氏はNMR顕微鏡の可能性について「高温超伝導検出コイルによってNMR 顕微鏡のSN比は 3 から30倍に改善できる。同時にまた観察時間を約100分の1に短縮可能である。そうなれば精神病理学への適用可能性が検討されよう」と語っている。
 一方、この分野における日本の開発状況はあまり活発とはいえないのが現状である。米国ではGE社とシーメンス社が低磁場MRIの市場へ今年中に高温超伝導体コイルを使った 0.2T 機を導入するというが、低磁場MRIシステムが主力機でないことも影響しているのかもしれない。少なくとも公開されている情報では、東芝が昭和電線電纜と共同で行なっている低磁場用MRI用RFコイルが挙げられる程度である。ここでは、印刷法によるBi2Sr2CaCu2O8+δテープを用いて試作RFコイルの試験をしている。開発に携わっている(株)東芝研究開発センターの岡田秀彦研究主務によれば「テープの特性が向上し、無負荷状態での性能指数であるQ値は向上したが、実際の負荷状態ではアンプや被検体からの雑音で性能は低下する。今後コイルのみのQ値が向上しても実質の性能指数が殆ど変化しないレベルに達していると考えている」ということである。また「脊椎用の試作機では液体窒素冷却を行なっているが、実用上いかに患者が快適に受診できるかが課題だ」とのことで、クライオスタットの設計などの課題が残されている。

(NMR)




続報
MRIの技術に進展(Vol. 4, No. 5)

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