人間の全遺伝子情報がほぼ解読されたのを受け、これまでにない新しい医薬品の開発につながる、タンパク質の構造解明が注目されている。そこで、より大きく、かつ、構造が複雑なタンパク質の解析を可能とするNMR装置の開発が重要課題となっている.これまでは、磁場強度の向上により、NMR装置の高感度化を図っているが、現状の材料を用いた超電導磁石の性能は、限界に近づいてきている。そこで、日立はNMR装置のさらなる高感度化を図るため,2001年に青山学院大学の秋光純教授のグループにより発見された新超電導材料(MgB2)を薄膜化し、高周波アンテナ素子へ適用することを検討している。本誌(スーパーコム)でもたびたび報告されているように、MgB2は金属系の超電導材料では最も高い臨界温度である*234°Cで超電導状態に転移する。また、金属系の超電導材料であるため、低温で合成可能であり、基板となる材料を広く選択できる長所がある.しかし、硼素(B)にマグネシウム(Mg)という蒸発しやすい材料を組み合わせるため、超電導薄膜の作製、および加工において、高度な技術が必要であり、現在でも盛んに研究が継続されている。
今回、日立は島根大学の久保衆伊教授の研究グループで開発したMgB2薄膜を用いて、リング状に加工したアンテナ素子を試作し、液体ヘリウム温度で共振特性の評価実験を行った.その結果、NMR計測に必要となる周波数帯域(数百MHz)で、鋭い共振ピークを示す特性を得ることに成功した。これにより、世界ではじめてMgB2が高周波アンテナ素子へ適用可能であることが明らかとなり、超高感度NMR装置の実現に向けた道が拓かれたといえる。研究を統括する岡田道哉エネルギー材料研究部長は「新しい超電導材料を先端計測に適用可能であることを世界に先駆けて実証した意義は大きい。今後はさらにアンテナ素子の集積化により、NMR計測の高感度化実証を進めていきたい.NMRは理学と工学の分野の研究者が連携して取り組むべき大きなテーマであり、超電導の研究者にとっても非常に魅力的である。システム全体の完成に向けては、課題が残されているが、日立製作所の力を結集してさらなる研究・開発の加速を図りたい《と述べている。
なお、本研究開発は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の平成15年度産業技術実用化開発補助事業「MgB2等新超電導体を用いた超高感度核磁気共鳴分析装置の開発《の一環として行なわれたものである。この事業は、日立と,愛媛大学遺伝子実験施設 森田助教授が開発の中核となり、東京理科大学,鹿児島大学,島根大学,茨城大学,九州大学の協力を得て開発を進めている。
(ら2号)