SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 5, Oct. 1998.

14. よりきれいなY123単結晶登場
___ブリティッシュコロンビア大 ___


 物理的興味からの基礎研究、高温高磁界で応用できる材料開発研究などにおいて、Y123超伝導体は常に最もポピュラーな対象物質の一つであり、その単結晶、溶融凝固体の作製と物性評価に関する研究報告は枚挙にいとまがない。しかし、普通に作製されるY123結晶は、後者の材料開発に有利な素性のものであり、cleanな結晶が好まれることが多い前者の研究にはやや不向きなものであると言わざるを得ない。即ち、Y123結晶が自然に持つ双晶欠陥と酸素欠損は有効なピンニングサイトとして働き、これが優れた臨界電流特性の要因となる反面、磁場下での本質的なY123の物性を把握しようとする研究には障害となることが多いのである。さらに、材料開発研究の観点からも、ピンニングサイトの種類、形状、分布と臨界電流特性の関係を明らかにすることが一層の特性改善の指針を得るために重要である。このような背景から、化学物質として高純度でかつ、双晶、酸素欠損を持たない"きれい"なY123結晶の登場が期待されていた。ここで、"きれい"さの指標となるのは、どれだけ臨界電流特性が劣化したか、ということになる。

 双晶を持たないY123単結晶は1990年頃より世界中の各所で作製されてきたが、酸素欠損を無くすには高圧酸素下(約100気圧)でのアニールが必要であり、物性評価に耐え得る大きさの単結晶試料にこれが適用されたのは1995年頃からである。いずれの欠陥を除去した場合でも臨界電流特性は大きく劣化し、90 K級のY123であっても77 Kの不可逆磁場は1Tを下回ることが明らかにされた(H // c)。一方、高純度化の必要性はBaZrO3坩堝を用いたフラックス法による結晶育成を行ったErbら[1]によって強く訴えられ、酸素欠損をほとんど持たない彼らの結晶は確かに、当時としては最も劣った臨界電流特性を示していた。しかし、残念ながら、これまで "きれい"さに影響するこれら3つの要因が同時に解決された結晶は得られていなかった。

 非常に最近のPhysica C誌に掲載されているが[2]、 Liangら(ブリティッシュコロンビア大、加)は、高純度かつ高密度のBaZrO3坩堝を用い4 Nup以上の高純度原料からYBCO単結晶を育成し、これの非双晶化処理および酸素欠損をほとんど無くした(酸素量:6.993)後の磁化特性を報告した。

 組成分析の結果、結晶は非常に高純度(99.99〜99.995%)のY123相であり、X線ロッキングカーブで評価された結晶性は、YSZ坩堝を用いて育成したY123単結晶、さらにSrTiO3単結晶よりもはるかに優れ、Si単結晶にわずかに劣るものであることが述べられている(FWHM=0.007゜、(006)面からの回折)。また、BaZrO3坩堝の耐久性については、少なくとも国内ではあまり良い風評は聞かれていなかったが、彼らの坩堝は繰り返し使用が可能で、計3回、合計320時間の結晶成長後でも、重量減は0.4%しかないという。この高い耐久性に関してはBaとZrの化学量論比が精密に保たれていることが重要であるとコメントされている。

 この"きれい"な結晶のH // cにおける磁化ヒステリシス測定から決定された、50, 60, 70 Kでの不可逆磁場はそれぞれ34, 14, 8 kOeであり、これまで報告されてきた90K級Y123単結晶としては最も低い値を記録した。但し、磁場は、5.5 Tまでしか印加されておらず、Wolfらや西嵜らなどによって報告されている、より高磁界での不可逆状態の復活の有無は不明である。ちなみに、磁化ヒステリシスの大きさから見積もられるJcは、70 K, 約1 kOeの磁場下でわずか1,500 A/cm2に過ぎない。

 ここまでY123単結晶が"きれい"になってきたことにより、様々なより本質に迫る物性評価が可能になったばかりでなく、各ピンニングサイトの臨界電流特性に及ぼす役割が定量的に明らかになることが期待でき、さらには、臨界電流特性はY123より優れているが希土類とBaの置換が起こるため磁化挙動がより複雑なNd123などのピンニング機構解明の一助となることも考えられる。今後の、"きれい"なY123単結晶を用いた基礎研究、および故意にピンニング力を制御するという材料的視点からの研究動向に注目していきたい。

[1] A.Erb et al., Physica C245, 195 (1995). : A. Erb et al., Physica C258, 9 (1996).

[2] R. Liang et al., Physica C304, 105 (1998).

(KEY-JRA)