従来のジョセフソン効果より2桁程の機能向上の見こまれる単結晶固有ジョセフソン効果を実現する為に、単結晶素子の寸法を小さくする競争が続いてきた。モスクワ通信電子工学研究所のDr Youri Latyshevの開発したBSCCOの針状単結晶を用いた固有ジョセフソン素子の最小の寸法は10mm程度であった。この度、客員助教授として招かれている同氏は東北大学/科学技術振興事業団の山下努教授と協力し、この針状単結晶にFIB(集束イオンビーム)加工を行い、サブミクロン単結晶素子を作成した(図1)。この単結晶素子は超伝導層と絶縁物層の積層構造をもっており、結晶自体が固有ジョセフソン効果を示すことが知られていたが、素子の面積を小さくしてサブミクロン平方にすると固有ジョセフソン効果の他に全く新しく、超伝導単電子トンネル現象がおこることが明らかになった。図2はその一例で素子の電流(I)対電圧(V)特性である。原点近くに約300mVの間隔をもつ5つのスパイク状の電圧周期構造が明瞭にみられ、この電圧間隔は素子面積に逆比例し、T>10Kで消滅することがわかった。このスパイク状電圧が単電子トンネル素子の特徴で、最初のスパイクは電子が2個トンネルする時に対応し、次のスパイクは4個のトンネルを示す。
単電子トンネル効果はこれまで金属や半導体で観測されているが、面積がサブmm2程度では10mK程度の極低温が必要であった。ところがBSCCO単結晶素子は、その静電容量Cが接合の層の数Nに逆比例して小さくなる為、単電子の帯電エネルギーe2/2CがNの増加と共に大きくなる。この為、層の数Nが60くらいで、帯電エネルギーが、熱雑音エネルギーkBTより大きくなり、単電子トンネル効果がおこることがわかった。
単電子トンネルのおこる為のもう一つの条件がある。それは接合の抵抗が量子抵抗Ro=h/4e2=6.4KΩより大となり、いわゆる"クーロン閉塞"が満足されなくてはならないが、BSCCO単結晶は、その比抵抗が他の材料に比して大きい為に満足されていることもわかった。一連の実験の結果、面積が2mm2以下にするとBSCCO単結晶は超伝導単電子トンネル素子となることがわかった。またI-V特性上には1.5V付近にエネルギーギャップVgが明瞭にみられ、発熱によるVgの減少がみられない。単位層当たりのエネルギーギャップは約40meVとなる。
同グループの山下努氏は「単電子トンネル効果を基礎とする電子素子は、現在の半導体素子を極小にした場合の究極の素子として、その実現を目指し多くの研究が行なわれている。例えば現在の半導体メモリー1個の記憶する電子の数は約10万個であるが、これを数個にすれば寸法と消費電力が激減することが期待できる。この度の実験結果は、超伝導単結晶素子がサブmm2の大きなサイズで、しかも4Kという高温で動作する単電子対素子が実現できることを示したものである。大集積回路用の超伝導単結晶単電子トランジスタやメモリーの実現が期待される。サイズの大きな磁束量子を基礎とする従来のジョセフソン集積回路の最大の弱点であった"大きすぎるメモリ,素子"の問題も新しい超伝導単電子素子の実現によって解決される可能性が出てきた」と語っている。
これに対して、以下のようなコメントが寄せられている。
単結晶のジョセフソンプラズマを提唱している科学技術振興事業団戦略的基礎研究推進事業の「極限環境領域」統括責任者立木昌氏:「高温超伝導体のビスマス系酸化物は、結晶自体がジョセフソン素子がいくつも重なってできた自然の多重ジョセフソン素子系を形成している。これを用いて結晶内蔵型の機能素子を作ることがいろいろと考えられているが、今回の良質で微小な単結晶を用いて単電子対(つい)のトンネル効果を実現したことは、大集積回路のメモリを始め、高温超伝導体のミクロ素子への応用に端緒を開くものである」
1988年にBSCCOを発見した現東北大学金属材料研究所教授の前田弘氏:「Bi系超伝導材料は線材としては有望であるが、エレクトロニクス関係ではいま一歩、と評価されてきた。今回の発見はそれを覆す最先端の極めて重要な成果で今後の発展を大いに期待する」 1989年にBSCCO針状結晶の育成に成功した大阪大学産業科学研究所教授の川合知二氏:「超伝導ウィスカーが微細加工されても超伝導性を失わず、新たな量子現象の観察に用いられたのは大変興味深い。今後、微細加工した超伝導ウィスカーは、様々な新しい量子現象の観察に用いられていくと思われる」
最後に現在、東北大学電気通信研究所客員助教授のDr Youri Latyshev 氏の感想は:「 We observed a new physical phenomenon of correlated single Cooper motion one by one in submicron stacked junctions of layered high-Tc material Bi2Sr2CaCu2Oy」ということである。
なお、これらの研究成果は9月13日より米国カリフォルニア・パームデザートで開かれるApplied Superconductivity Conferenceで発表される。
(三尺玉)
図1-(b) 単結晶接合の模式図
図2 単結晶接合のI-V特性