SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 1, Feb. 1998.

8. 第1回 誌上討論 Bi系線材開発課題とDOE目標について


1.はじめに

 スーパーコムとしては初の試みとして、誌上討論会を企画してみました。

 今号は第1回誌上討論としてBi系線材を主題にしました。 高温超伝導(HTS)の出現から10年が経ち、この間、種々のHTS超伝導体が発見される一方、HTS材料の高性能化が進み、一部実用化へのテイクオフが始まっています。特に、Bi系 HTSについては、発見から応用開発に到るまで、日本の研究者による貢献は大変に大きいものがあります。最近、マイルストーンを画す7 T HTSマグネットの発表が国内であり、また欧米ではHTS応用のモデル試験例や欧米3社のBi系線材売り出し計画が報じられています(本誌Vol.6, No.6)。

 この辺りで、Bi系線材化開発の現状をレヴューして、現在の到達点を確認するとともに、今後の開発課題を摘出することは、実用化を加速する上で有意義と考えます。研究・開発関係者の意気込みもお伺いしたいと思います。 今回の誌上討論参加者は次の方々です : 荻原宏康(湘南工大教授)、熊倉浩明(金材研主任研究官)、佐藤謙一(住友電工超電導研究部長)、佐藤淳一(日立電線アドバンスリサーチセンタ室長)、下山淳一(東大助手)、吉村秀人(三菱電機先端研室長)

 第2回誌上討論では"Y系 / Nd系厚膜テープとHTS開発振興施策"を取上げ、4月発行号に掲載する予定です。

2.開発の到達点と問題点の整理及びその対策

 Bi系酸化物超伝導体の線材開発は他の酸化物超伝導材料開発に比べ著しく進歩しており、既に実用が始まっていることは本紙でもたびたび報じてきた。しかしながら、Bi(Pb)2223またはBi2212銀シース導体の応用領域は約30 K以下に限られており、より高温、特に磁界下での実用は困難である。例えば、現在設計されている液体窒素冷却での大容量ケーブルにおいても、自己磁場(〜1 kOe)によるJc低下の問題を解決しなければならない。この中高温でのJc特性の劣化は電気的磁気的異方性が大きいBi系超伝導体の本質的な性質を反映したものであり、線材構成、加工技術の最適化によって克服できる問題ではないと考えられる。


Q1-1 : 下山さんにはBi系線材化の基礎の観点から、このような問題点の整理と対策(高濃度Pbドープを含む)についてお答えいただきたい。
A1-1 : 上記設問中の、Bi系超伝導体の大きな電気的磁気的異方性は主にBi-O二重層を挟んだ銅-酸素面間距離が長いという結晶構造に由来したものである。このため、磁束ピンニングが効きにくく、また、磁束線の性質も低磁場を除いて2次元的であることから、中高温で、不可逆磁界、磁界下Jcが急激に低下してしまう。ピンニングをより高温まで有効に働かせるには、電気的磁気的異方性を低下させること、つまり銅-酸素面間の導電性の向上が必須である。

 大幅な中高温、磁界下でのJc特性の改善の手段として、元素置換による銅-酸素面間の導電性の向上が検討されていたが、一昨年、京大化研と我々の研究によりBiサイトを大量のPbで置換することにより、Bi(Pb)2212単結晶の中高温での不可逆磁界、磁場下のJc特性が桁違いに改善されることが明らかになった。さらに最近、我々はBi(Pb)2212単結晶においてc軸方向の抵抗率がPb置換量の増加に伴い系統的に低下すること、高濃度Pb置換(Biサイトの約25%)試料ではPbを含まないBi2212単結晶よりそれが約1桁低下することを確認した。この高濃度Pb置換Bi2212単結晶には既報の通りPb濃度にゆらぎがあり、これに起因した温度-磁場誘起型のピンニングサイトとして作用していることも本物質の高Jc特性の要因となっている。

 溶融凝固法によるBi2212線材開発では古くよりPb置換が試みられているが、Ca2PbO4相の残存、結晶の粗大化とこれによる配向組織の乱れのため、Transportで高いJc特性を示すものは得られていなかった。Ca2PbO4相残存の問題は、還元雰囲気下の溶融凝固によりほぼクリアできることがわかってきているが、結晶配向組織の制御については温度パターンの最適化などによって解決できる課題なのかを見極める必要がある。

 Bi(Pb)2212材料ではTcがせいぜい96 Kであり、高温での応用という点ではTcが高いBi(Pb)2223材料の方が有利である。Bi(Pb)2223では、Pbの置換は構造を安定化させるために必要であるとしか考えられてこなかったが、Bi(Pb)2212の例からも明らかなように、Pb置換量を増すことができれば高温、磁界下でのJc特性の改善につながることは容易に想像できる。この系のPb置換量は、空気中での焼成によって単相の試料が得られやすい組成ということから、Biサイトに対して約15%という量に1989年頃から世界的にほぼ固定されており、Pb置換量を変えた系統的なJc特性の研究例はほとんどない。

 焼成雰囲気を弱い還元雰囲気(酸素分圧約0.075気圧)にすることにより、BiサイトへのPb固溶限界がやや増加することも知られているが、さらに還元した雰囲気までのPb固溶限界の変化が調べられた例はない。Bi(Pb)2223においても大量にPbを置換した場合にCa2PbO4相が生成することが知られているが、還元雰囲気下での焼成によってこの相を分解しても、Bi(Pb)2212の場合とは異なり、PbOは構造に取り込まれず飛散してしまう。これにはBi(Pb)2223相の生成が非常に遅いことが関連しているが、多芯銀シーステープなどでうまくPbOを閉じ込めることができれば、還元雰囲気下での焼成による高濃度Pb置換Bi(Pb)2223線材の作製は可能であると考えている。

 Pb置換という古い方法に対してであるが、新しく高濃度置換材料開発という目標を設定することにより、これまでの10年間には見つからなかった新しい製法上のブレークスルーが見つかる可能性は大きいと考える。

(下山淳一)


Q1-2 : JcBirr及びn値の改善に向けて組織制御、線材化技術(加工 / 熱処理)の観点から、問題点と対策についてお答えいただきたい。
A1-2 : Bi系線材の臨界電流密度Jcに関して材料学的に見た場合、大きな問題点は次の三つになろう。一つは材料組織の問題から十分な大きさの超伝導電流が、線材の端から端まで流れていないこと。二番目は積極的な磁束線ピン止めセンターの導入がなされていないこと。三番目は二番目とも関連するが、大きな二次元性を反映して、77 Kなどの高温領域においては磁界中で高いJcが得られないことである。ここでは最初の問題について若干の考察を加えてみたい。

 Bi系線材ではBi-2212、Bi-2223ともに二次元性が大きいことが幸いしていると思われるが、c軸配向組織が比較的簡単に得られ、これによって、いわゆる粒界弱結合の問題が改善されてかなり大きなJcが達成されている。しかしながら、それでもBi系線材のトランスポートJcは、磁化測定などから見積もった結晶粒内のJcに比べて一桁以上小さいことがわかっている。すなわち、線材中に電流の障害物があるために、現在のBi系線材のJc特性は、普通の(意識的にピン止めセンターが導入されていない)Bi系酸化物の持つ能力の10%にも満たないわけであり、まだまだ大きなJc向上の可能性があることになる。さらに、Jcを定義する電界基準を低くしていくとJcもどんどん低くなることや、あるいはまたコイルの永久電流の減衰から、抵抗ゼロで流せる電流は通常10〜13Ωmなどで定義されているJcより相当低いという問題もある。これらはよく電流−電圧曲線のn値が金属系超電導線材に比べてかなり小さいということで議論されるが、これも原因の大部分は、ところどころ繋がりの悪い所を電流が流れなければならないと言う、組織の問題と考えることができる。このように、現在のBi系線材は決して完成したものではなく、多くの改良の余地があるということである。もちろん上述の100%近くを達成するには、単結晶か、これに近いものにする必要があるであろうから、実用的な線材としては現実的ではないが、現在のc軸配向組織でも、組織を改善することにより少なくとも5〜6倍のJc向上は可能なのではあるまいか?これは、磁気光学効果等が示すパーコレーティブな電流の流れ方を見ても言えることであろう。

 組織の改善としては、まず不純物相の低減が挙げられる。最近のBi系線材では不純物相はかなり減ってきてはいるが、粒界や電流経路での不純物は大きな障害となる。この不純物相を低減するだけでもかなりJcは上がるであろう。次に、結晶粒界結合との関連で言えば、c軸配向組織は完全なものではなくて数度のズレがあることであり、従ってこのc軸配向度を上げることが重要である。例えば、Bi-2212、Bi-2223ともに銀との界面近傍の酸化物は中心部分に比べてかなり配向性が良く、また高いJcが得られている。これより実際の線材では、超伝導電流の大部分は銀との界面近傍に流れているとも考えられる。したがって酸化物層(フィラメント)の厚さを薄くして数を多くするのが、一つの行き方であろう。また、酸化物超伝導体に特有な粒界弱結合については、その本質はもちろんのこと、その性質についてもまだ十分には理解されおらず、それらの解明も重要課題であろう。現在の線材の改良という点では、以上の二点がまず考えられるが、最近Bi-2212線材では、溶融−徐冷熱処理前の圧延加工で配向度が向上し、Jcも高くなることが報告されている。このように従来の製法の改良でもまだまだJc向上の余地は十分にあると考えられる。さらに、このような従来法の改良に加えて、新しいプロセスを色々と試みることも大切であろう。微細組織の制御は線材作製プロセスと密接に結び付いており、そのような新しいプロセスからブレークスルーが出てくる可能性があるからである。いずれにしてもビスマス系はまだ線材化の基礎研究(材料開発)の段階であり、息の長い研究が必要だと考える。

(熊倉浩明)

3. Bi系線材商用化の課題


Q2 : Bi系線材の商用化を図るためには、Q1の基本性能に加えてAgを含めた overall Jeを大幅に向上する必要がある。長尺化は実用水準(〜1000 m)に到達しているか、ツイストを含めた量産化技術はどこまできているか、製造実績はどれだけか。そして最重要課題はコスト低減策である。金属系との比較等を交えて、商用化の現状と課題をお伺いしたい。佐藤謙一さん(住友電工)には主としてBi-2223関係について、佐藤淳一さん(日立電線)には主としてBi-2212関係について、お答えをいただきたい。
A2-1 : 現在の線材性能を住友電工から発表された例をもとに考察してみる。Bi系超電導線としては、短尺であるが、銀も含めたオーバーオールJeとして、101 A/mm2(cm2ではない。以下同一)に達している。長尺線としては、ISS'97、MRSで明らかにされているように、1,000 mの長さの線材で10-13Ωm定義で臨界電流は44.3 A、臨界電流密度Jcは215 A/mm2である。臨界電流密度の標準偏差は5 A/mm2であり、均一な特性である。20 K、自己磁場での臨界電流237 A、臨界電流密度は、1,130 A/mm2である。液体窒素温度で超電導現象が現れることで、このように線材全長の特性が評価できることになったわけで、新しい材料による革新である。いくつかの例では、何百mの線材を作り、部分的に評価した値をもって全体の性能とするなど、この分野での公表値自体が一部を除き信頼性のないものとなっている。信頼性のあるデータを公表するような努力が継続して必要である。また、この長尺材での性能は、短尺材に比べ劣るが、後述するBi系2223相の少なさとそれに起因する粒結合の弱さによるものであることが確認されており、今後改善が可能である。このデータを基に、実用的なマグネットの性能で線材の到達点を議論してみる。マグネットとして考えると、コイル電流密度が問題となる。4 T及び7 Tマグネットの場合のコイル電流密度(超電導線、絶縁材、補強材、パッキングファクターも含め)は、72〜80 A/mm2であり、励磁速度が速い点からコイル電流密度としては、金属系超電導と並んだものと考えられる。

 製造技術としてみると、現状はセミマスプロの段階と考えられよう。既に、(1)50 mケーブル導体、(2) 30 mケーブルシステムプロトタイプ、(3) SMESコイル、(4) 800 kVA変圧器、(5) 4 Tマグネット、(6)7 Tマグネット、(7)磁気浮上アクティブ制御用大口径マグネット、(8)14,500 A電流リードなど各種プロトタイプを生み出してきた我が国の生産能力・応用化技術は、欧米に比べ勝るとも劣っていない。

 用途によっては、ツイストが必要な場合、高強度シースが必要な場合、丸線形状が必要な場合と種々システムサイドからの要求に応じた線材が今後提供されてゆくものと考えられるが、基本的なコンセプトは我が国で先立って既に開発されており、客先ニーズに従った開発が展開可能であろう。今後、どこまで性能向上が可能かについては、@超電導相の単相化、A配向性の向上、B結晶粒結合の強化の3点から改善が考えられ、液体窒素温度、自己磁場で1,000 A/mm2が目標となろう。これにピンニングの改善が加われば更なる臨界電流密度向上が可能となる。

 商用化という観点からは、開発当初は、今までにない困難で新しい技術開発が必要で、性能が達成できるかどうかのリスクが大きく、開発期間が長いことなど、国を主体としたプロジェクトで機器のプロトタイプを開発し、線材性能や応用化技術が向上した時点で実用化のための更に高性能機器を継続開発して、新しい産業を育ててゆく長期的な展望を持った考えが必要と思われる。需要に応じた大量生産や歩留まり向上などはメーカーが推進して行く。

(佐藤謙一)

A2-2 : 商品化の現状と課題に関して、主に金属系(LTS)線材の性能、コストと比較しながら私見を述べる。LTS線材の性能試算をまず行ってみる。まず、問題になるのはどの条件のデータを代表値にするかである。異論はあるかもしれないがここではNbTiは4.2 K、5 T、Nb3Snは4.2 K、12 Tでの値を代表性能とする。ここでは銅比を1と仮定し、線材全体の臨界電流密度をJeとするとそれぞれNbTi : 1250 A/mm2(4.2 K,5 T)Nb3Sn : 350 A/mm2(4.2 K, 12 T)程度となる。

 これらを考慮してHTS線材の性能を考えると、ある使用温度、使用磁場での目標値はJe = 1000 A/mm2程度は必要と考えている。この値を現状のBi-2212線材のJcに当てはめ、銀比は1と仮定すると4.2 Kでは到達、20 Kではもう少し、77 KではさらなるJc向上がどうしても必要になる。上記と同様にコストの試算を行ってみる。ここでも銅比を1と仮定し、さきほどのJeによりkA/mあたりの価格のオーダーを求めると、NbTiの場合は数$/kAm(4.2 K, 5 T)となり、Nb3Snの場合はその数倍(4.2 K, 12 T)となる。Nbの材料費が銀の材料費のほぼ2倍と考え、超電導体の価格と加工費を無視すれば、非常に荒っぽい仮定であるがJe = 1000 A/mm2のHTS線材は、ここで計算したLTS線材と同等レベルの価格になるであろう。したがっていかにがJe = 1000 A/mm2を実現するかにかかっている。LTSとの比較によるメリットを考慮すると、難しい課題ではあるがPbドープ材などによる中高温域での磁場中特性の改善の可能性に大きく期待している。商品化の現状については、商品化のレベルをどう評価するかによるが、長さとしては1 km級、これまでの試作実績としては重量でいうとトンオーダーである。Bi-2212は2223に比較し、熱処理時間、回数が少ないというメリットがあるのでそれを活かすことができるように今後さらに努力していきたい。

(佐藤淳一)

4.応用展開上の問題点


Q3 : 7 Tマグネットの成功や500 kVAトランスおよび7 kJマイクロSMESの実地テスト開始など、Bi系線材を用いた小規模機器の開発が進展しているが、これの普及を図る、あるいはさらに中規模スケールに拡張していくためには、安定性、機械的特性など種々の技術的問題の解決が必要ではないか、また品質保証問題をどう扱うか等、線材メーカーとユーザー(重電メーカー等)間の連携問題がある、最後に本誌Vol.6,No.6(1997年12月)掲載記事(欧米3社によるBi系線材販売計画)に対するコメント(日本の線材メーカーへの要望含む)をお願いしたい。
A3-1 : 超電導の応用あるいは超電導線の応用という時、「応用」という言葉で何を考えているのでしょうか。超電導発電機? 超電導磁気浮上リニア? MRIマグネット? それとも超電導変圧器? このうちで、たとえば、超電導発電機のこれまでの開発の歴史を飾っている名のある試作機にどのような超電導線が使われていたか、それが前のものとどのように違った超電導線だったのか時系列的に追ってみたことがありますか。一つ一つの超電導線に課せられた課題とその解決がどのような形で超電導線にビルトインされていたのかを考えた時、応用超電導といえる新しい工学の中でいまの高温超電導線というものが到底、「応用」を語れるレベルのものではないことを確信できます。高温超電導線で「応用」を語るのはおそらくオカドチガイの話だと思いますよ。

 それにも関わらず今、高温超電導線は応用を語れるレベルの入り口に達したということも確信をもっていえることです。ニオブジルコニウムという使いにくい超電導線が、使いものにならないといわれていたニオブチタン超電導線に交代していった経過、それに重なるように見え隠れしたニオブ3すずでのいろいろな試作の歴史は、まだ、今の高温超電導線では経験したくとも不可能なレベルの技術開発の歴史だと断言できます。その歴史が高温超電導線でもスタートするためには、線が線として線材メーカーから発売されることが必要です。その時期がやっとやってきました。欧米の3社が高温超電導線を発売すると名乗りをあげました。

 前に書いた金属超電導線の交代の舞台の主題は、たくさんの大学からの、たくさんの材料試験用あるいは物理実験用の小さな超電導コイルの注文でした。いま、高温超電導線はこのような研鑚の場なしに、金属超電導線が30年かけて到達した「応用」超電導の「応用」に応じさせられています。高温超電導線がニオブジルコニウムの運命をたどるのか、ニオブ3すずと同じ存在になるのか、ニオブチタンのような展開をとげるのか、それが明らかになるのは発売された高温超電導線が電気メーカーの手に渡り、そこで適当な試作段階を経験してから、そこでまたしかるべき注文主が現れてからの話だと思っています。 そこではじめて高温超電導体の応用超電導ははじまるのです。それを期待をもって見ています。もひとつそこで今何をやればいいか、です。線材メーカーは電機メーカーに材料費止まりで十分な長さの線をわたして、電機メーカが、低磁界ながら窒素温度の、いろいろなマグネットを巻いて使ってみるという実績をたくさん積み上げることです。そんなことが3年くらい続いてから「応用」の話はしたいものです。…

(荻原宏康)

A3-2 : 超伝導マグネットの機能は必要な強さと精度の磁場を必要な大きさの空間に発生させることにある。一般的にユーザーはこの機能を最も低いトータルコスト(イニシャルコストとランニングコストの和)で提供できる製品を購入するはずであり、その製品にNbTiが使われているのか、Nb3Snが使われているのかあるいは高温超伝導材料が使われているのかは関係無い筈である。一部のマニアックなユーザーはNb3Snなり、高温超伝導材料なりに特異な執着を示すかもしれないが、大部分のユーザーは合理的な選択を行うであろう。

 この観点から仮に6 Tのソレノイドマグネットを各種線材で製作した場合のトータルコストを比較するとNbTiコイル、Nb3Snコイル、高温超伝導コイルの順に高くなることが簡単な見積もり計算によってわかる。これは主に線材コストがNbTi、Nb3Sn、高温超伝導材料の順に高くなる為である。冷凍機コストは確かにNbTi、Nb3Sn、高温超伝導材料の順に低くなるのであるが、この冷凍機コストの差以上に線材コストの差が大きいのである。この線材コストの差は各線材における構成材料の価格と製造プロセスを考慮すると今後も容易に縮まることはないと考えられる。多少偏見に満ちているかもしれないが高温超伝導コイルやNb3SnコイルがNbTiコイルに取って代わることは近い将来ありえないと考えている。Nb3Snコイルや高温超伝導コイルはNbTiが使用できないフィールドでそれなりの位置を占めてゆくであろうが、超伝導マグネットのメインフィールドはやはりNbTiが占めることになると予測している。

 高温超伝導線材に対するDOEの目標コスト「10 $/kA/m」は他の線材との競争という観点から妥当であると思う。高温超伝導線材がこの目標コストを達成すればNbTiやNb3Snと十分競争できるであろう。しかしこの目標コストと実際のコストとの間には恐らく100倍程度の隔たりがあり、このギャップを埋めるのは容易ではないと考える。

(吉村秀人)

5. HTS線材のコスト/ 性能要求(DOE目標)について


Q4 : 本号前項に掲載の、「DOEの価格目標は実現し得るか」の記事中には@5年間の意欲的な実現時期とA挑戦的なコスト / 性能目標が述べられているが、本目標の実現性について如何考えているか、B最近の欧米3社によるBi系線材販売計画発表に対するコメント等、お伺いしたい。最後にCASC, IGC, BICC等欧米のHTS線材メーカーに伍して開発競争を戦っている皆さんの抱負あるいは自信をお聞かせください。
A4-1 : コストとのからみで重要なことは、線材単体でいくらになるか、と言ったことではなく、システムとして考えて全体としてのメリットを把握していくことに尽きよう。ケーブルの場合を例にとると、コンパクトケーブルとすることにより、管路や洞道の建設費、冷凍機コストも含めた検討により、従来のケーブル建設費との対比で、ケーブル価格としては、容量や敷設形態により4から7倍の価格が高温超電導ケーブルのブレークイーブン価格として提案されている。省エネ効果は更にプラスされる。このような、システムとしてメリットを考えてみれば自ずから価格目標が導き出されるであろう。この点では、日本での検討が的を得ていると考えられる。マグネットについても、今後各種マグネットとして応用可能なニーズの出てくる20 K近傍での冷凍機冷却方式は、従来の液体ヘリウム冷却のマグネットも熱シールドを冷却する20 K冷凍機を用いており、それをそのままコイル、電流リード、熱シールドを冷却する道具として用いることができ、冷媒費用が不要でクライオスタットの簡略化が可能なことも含めた、システムとしてのメリットを考えることにより、現状から把握できる線材の価格でメリットがでてくるものと考えられる。

 高温超電導線の価格は、特許が各国で成立し始め、有力なものもあり、産業として育ってゆくには、今後の性能向上、生産技術としての確立に加え、R & Dや特許ライセンス料が加味されたもので、ニーズにあったシステムとしてのメリットを可能とする合理的な価格に落ち着くものと考えられる。DOEの目標性能やコストは、結論だけで議論の過程が明確ではないが、システムサイドの寄与が少ないのではないか、と危惧される。Bi系超電導線の場合、高臨界電流密度に必須な加工熱処理法、長尺化や導体化・コイル化に必須な多芯線材は我が国で開発されたものであり、A2-1で述べられているように、性能・生産能力・応用化技術は欧米に勝るとも劣っていない現状であり、欧米のプロトタイプの評価結果がきちんとしたデータを伴って報告されている例を聞かない。我が国のプロトタイプは、いずれも詳細にわたるデータが学会の場で公表され、この分野でのグローバルスタンダードを産み出している。技術者としての冷静な判断・評価が必要と思われる。高温超電導化することによる、新しい磁気科学応用による新材料・新プロセス創製や、省資源、省エネルギー効果が大きいことから、CO2排出削減や地球環境改善へ向け、我が国や欧米での必要性はもちろんのこと、発展途上国におけるニーズの先取りとして、今後のより一層の開発促進が必要である。

(佐藤謙一)

A4-2 : 欧米三社の商品化への意欲については当然、賞賛すべきであるが、もっとも頭を悩まされているのは特許問題である。現状、Bi系の材料自身、製造法、応用などに関してどれぐらいの件数がどれぐらいの効力を持つか、そしてこれらが今後、どのような結論になるか全く不透明であり、現時点で商品化するにはあまりにも危険が多すぎると考えている。しかしながら、技術的指向としては我々もそれを目指しており、種々の問題があろうとは思うがいろいろなユーザーに使っていただきたい、また使っていただけるように努力しているというのが本音である。DOE目標は、kAmのみで目標値は言い尽くすことはできないと思うがLTS線材と比較すれば、オーダーは間違っていない、またそうでなければ普及しないと思われる。線材コストが高いか安いかの評価は、HTS線材を利用したシステムの必要性、効果に左右され、HTS線材を使用したアプリケーションの魅力に大きく影響をされる。そのシステム(アプリケーション)を使うことのメリットが大きければ、需要は当然増えていくだろうし、反対にその効果が少なければ、コストが目標値をクリアしてもHTS線材の使用量は大きく増えないのではないかとも危惧する。この点が実担当者として大いに悩んでおり、多くの方のご助言をいただきたい。

 最後に、直接的なコメントではなく、また言い尽くされている感もするが、今もっとも切望しているのはHTS線材を使用した非常に魅力的でしかも汎用性のあるアプリケーションが見つかることと考えている。それを見出すのは国内外のいずれのメーカ、いずれの機関でも良いと思っている(できれば我々がそれを最初に見つけだしたいが)。この用途の広がりがブレークスルーになり明るい未来が開けることを確信している。

(佐藤淳一)