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SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.20, No1, February, 2011

＜会議報告＞

共催研究会　『平成 22 年度低温工学協会　第 2 回調査研究会』 『日本磁気学会第 13 回強磁場応用専門研究会』

( 2010 年 11 月 19 日　於、東京大学本郷キャンパス )

　平成 22 年度低温工学協会「磁場を用いた物質挙動制御技術に関する調査研究会」第 2 回調査研究会が日本磁気学会第 13 回強磁場応用専門研究会と共催で、東京大学本郷キャンパスにて開催された。講演講師として Martin Vojtisek 氏 ( University of Hull ・英国 ) および酒井保蔵氏 ( 宇都宮大学・准教授 ) を招き両氏の最近の研究成果について講演いただいた。以下に講演の概要について記す。

　 Martin Vojtisek 氏はイギリスの University of Hull でまもなく学位を取得する博士課程学生で、共同研究に関する実験のため来日中のところ、ご講演頂いた。 ”Application of magnetism in microfluidics” と題した講演では、最近、分析化学などの分野で流行しているマイクロ流体デバイスにおける磁場利用について議論が行なわれた。
マイクロ流体デバイスは、ガラスや各種ポリマー、紙、繊維状物質などを用いて構成されるマイクロメーターオーダーの非常に小さな流路に流体を流し、その過程で化学反応や材料表面処理、物質分離・分析などを流体力学的効果の利用や物理的操作により行なうデバイスである。はじめにこのマイクロ流体デバイスの特徴として、試料の所要量が少ない、それに伴い廃棄物量も低減できる、可搬性を生かしたオンサイト分析に適しており、前処理の簡略化が可能、低コストなどの利点が紹介された。また、構成素材や形状の違いに加え、流路デザインも任意性が高く、流路壁面の表面処理による疎水性・親水性の制御なども含め、非常に多彩なバリエーションがあることが示された。マイクロ流体デバイス作製方法の一例として、 Univ. of Hull のグループでよく用いられるタイプの平板状デバイスの作り方についても紹介がなされた。流路内では基本的に拡散によって物質の混合が行なわれる。これを視覚的に実証するデモンストレーションとして、平板状に広がりのある流路を持つデバイスの入口側の両端から色つきの液体を、それ以外の入口からは無色の液体を流入させたときに、流路を通過することで拡散による混合が行なわれ、デバイスの出口側ではその位置によって、流れ出る液体の色がグラデーションになる実験も紹介された。
　毛細管現象を利用した場合も同様の操作ができる場合もあるが、物質の輸送方向や速度を意図的に制御できるマイクロ流体デバイスの方が格段に操作性がよい。
　磁場は、このようなマイクロ流体デバイスにおいて、流体力学的効果による制御に加え、磁性を利用して流路を流れる物質に対し遠隔的に力を与えることのできる手段として、その利用が注目されているという。単純に流路内を流れる粒子等の磁性を利用して捕集するものもあるが、作用する力の大きさが物質の体積に依存することから、流路を流れる時間内での磁場方向への移動距離の違い利用したサイズ分離、磁場の方向を時間変化させることで、粒子のみを移動させる利用法や、磁性流体を利用して流路のバルブ機能として活用する例など、多彩な利用のバリエーションがある。
　 2 相流体の場合には、流路表面の処理によって、水相と油相のどちらが液滴状になるかの関係を変化させることができ、流路の構成により、液滴の分割・結合を制御できるが、磁性粒子が含まれる場合などは、供給・混合・分離などの操作を簡単に制御できることから、磁性粒子の表面に処理を施すことで、各種の分析に応用できると考えられる。また、流路内に数種の流体がゾーンに分かれて平行に流れている状態で、磁性を有する粒子に磁場を作用させ、流れに直交する方向に移動させると、各流体の中を通過する時間 ( 滞留する時間 ) を制御できる。これを利用すれば、厚みや積層順序をコントロールした粒子の表面処理が可能になるという。
　磁場の利用は、マイクロ流体デバイスにおける物質操作の新しいパラメータとなりえることが具体的な例を伴って示され、その可能性を感じることができた。磁性粒子を利用する例が先行しているが、強磁場を用いた弱磁性物質への適用も Univ. of Hull を中心に検討され始めており、磁場の新しい利用分野として今後の展開に注目したい。
　酒井氏は「サスティナブル技術としての磁化活性汚泥法～磁気分離を活用した余剰汚泥ゼロエミッション、誰でも運転できる新しい汚水浄化プロセス」と題して、磁気分離技術を利用した新しい排水浄化システムを紹介し、今後の実用化の方向性について議論した。
　まず導入として、人類社会あるいは日本の持続的発展の条件の一つとして「水問題」解決の必要性について述べた。地球上に存在する水のうち飲用水に適する地下水や河川・湖沼水の割合はそれぞれわずか 0.76% 、 0.008% という。また、日本は水資源に富むと思われているが、人口一人当たりで比較すると日本は世界平均のわずか 4 分の 1 の水資源しか有していない。このような現状で、日本の水資源が日本国民に行きわたるよう維持されている最大の理由が日本における下水の浄化技術、すなわち「水のリサイクル」技術である。特に、首都圏を通過する水系では水リサイクル率が 50% を超えるところも多いが、下水処理場の高い水質管理レベルが高いリサイクル率を支えているとのことである。
　これを踏まえ、日本における下水処理技術の現状に話題が移る。現在、微生物を利用した微生物活性汚泥法が下水処理技術の中核を担っている。このとき、処理の効率を決める鍵が、沈降性の良い汚泥を継続的に作ることである。現実の処理では、曝水槽に戻す微生物の量など季節に応じたデリケートな運転管理のもとに成り立っているのが現状である。また、発生する微生物ゴミも深刻な問題であり、一年間に発生するゴミは山手線内側の敷地に 5 m の高さで積み上げた量に相当する。
　この問題を解決する手法が「磁化活性汚泥法」である。この手法は、活性汚泥に磁性粉を吸着させ磁性を付与した活性汚泥を磁石で凝集させるものである。この手法によれば以下の２つの大きなメリットが得られるという。①わずか 10 秒で凝集を完了でき、 2~3 時間要する沈降法に比べて圧倒的に短時間で凝集できること、②曝水槽における微生物量の調整は微生物自身の自然の再生・死滅のバランスを利用するため微生物量のデリケートな運転調整が不要であること、である。実際にこれまでに 8 立方メートル級のパイロットプラントを用いた 6 年の稼働実績を有し、その有効性が実証されている。また、この磁化活性汚泥法の汎用性にも言及し、養豚場で発生する非常に高い廃液濃度でもこの手法が有効であることを 50 立方メートル排水処理施設で実証した。酒井氏は、この簡便な下水処理法はメンテナンスフリーのため、環境問題が深刻になりつつある発展途上国にも適用できる、と考えている。一方で、実証プラントを導入した養豚場が廃業するなど、水質浄化に取り組むコストが経営に跳ね返る可能性があることを指摘した。このため、浄化にかかるコストをゼロベースで考えている企業が多く、高い興味を示しているものの磁気活性汚泥法の導入に二の足を踏んでいるのが現状である、とのことである。技術的には大変価値のあるものであるだけに、既存のプラントを更新する時期に合わせる、環境問題への意識が高まってきている途上国をターゲットにするなどにより、少しずつでも普及が進むことを期待したい。
　今回の研究会では、物質に作用する磁気力を利用した分離・分析技術に関するトピックスについて議論した。分離・分析応用は磁場配向と並び強磁場利用研究の中でも応用に近い分野であることもあって、大変活発な議論が行なわれた。マイクロ流体デバイスは、現状では、少量で付加価値の高い対象に対して適用されるもので、今後、実用化に向け、基礎的な検討を積み重ねてゆく段階にある。これに対し、磁化活性汚泥法は、身近で不可欠な「水」を対象とし、安価で大量処理が必要な浄化を効率化する技術で、既に実証化試験の段階にあり、今後、状況に応じて応用化の検討が行なわれる段階にある。それぞれの応用化へのステージは全く異なるものの、超伝導応用としての磁場利用の有望な技術として、どちらも今後、より進展することが期待されていると感じた。 ( 物質材料研究機構・廣田憲之、高知工科大学・堀井滋 )