SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No.2, April. 2009

低温工学協会 2008年度 第3回 磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会報告


 去る2009年2月27日、東京大学において低温工学協会2008年度第3回「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会」が開催された。この磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会は、磁場を利用する新磁気科学分野の動向調査、磁場発生にかかわる低温工学分野との橋渡しを行なうことで、両分野に情報を還元し相乗効果を得よう、という趣旨に基づき行なわれている。今回は、日本磁気科学会初代会長であり、東京大学大学院新領域創成科学研究科をこの3月に退官される和田仁教授をお招きし、「強磁場MRI事情」というタイトルで、MRIの強磁場化により期待される効果や、現在、東京大学が推進しているSuper-MRI コンプレックスについてご紹介頂いた。以下は、講演の概要である。
 現在、わが国で通常利用される臨床MRIは1.5 Tクラスのものであるが、もう少しするとより解像度の高い3 T級のものが導入され始めると見込まれている。アメリカでは既に7 TまでのMRIを認可する動きがあるという。このようなMRIの強磁場化は、感度、分解能、計測速度の向上をもたらす。いずれの性能も磁場強度の2乗から3乗に比例して向上するといい、S/N比の向上による測定積算回数の減少もあわせると、強磁場化を進める事で飛躍的なパフォーマンス向上が期待されている。現在、研究レベルでは、7~9.4 Tのものが用いられ始めているというが、フランスのNeuro Spin計画、東京大学のSuper-MRIコンプレックスでは、さらに強磁場化した11.7 T機の開発を目指すという。11.7 TのMRIが実現すると、画像の空間分解能は1 m程度、検出感度も向上することから、各種疾病の早期発見・早期治療につながると期待される。また、13Cに関する情報もリアルタイム計測も可能になり、代謝を捉えることができるようになるため、医療の分野にパラダイムシフトと言えるほどのインパクトを与えるという。初期癌の検出や脳梗塞の診断の他、アルツハイマーの診断、糖尿病患者に対して肝臓における糖代謝の時間的な変化の直接高速計測による評価なども可能になると期待されている。また、認知症の初期段階での発見も可能となり、早期の投薬により病状の進行抑制ができることから、患者のQuality of Life (QOL)の向上につながる。これらの疾患に対する医療費は、それぞれ年間で数兆円のオーダーであり、早期発見により医療費が低減できれば、社会的な波及効果も大きい。
 東京大学が計画しているSuper-MRIコンプレックスは、現在の東大柏キャンパスの隣接地に建設を計画しており、11.7 T−900 mm のヒトの代謝研究用のほか、14.1 T−400 mm の大型動物用、17.4 T−260 mm の小動物用など、多くの強磁場MRI開発を目指している。形式もオープン型 orトンネル型&水平 or 垂直など多くの組み合わせを検討するという。さらに、生体シミュレーションともあわせて、医療の高度化を目指すそうだ。このようなMRIの高性能化により生命活動に関して多くの情報が得られるようになれば、個人にあわせたテーラーメイド医療の実現や、人と人のコミュニケーションの研究、さらには教育ツールとしての利用など、非常に広範な発展が期待できるという。
 以上のような講演に対し、強磁場MRI実現に必要な超伝導コイル開発技術などを中心に質疑が行なわれた。強磁場MRIの有効性が実証されれば、超伝導産業に対して大きな波及効果があるのはもちろん、医療・製薬・食品・教育などへの効果を通じて、私たちのQOLが飛躍的に向上するのではないかと期待される。強磁場MRI研究の今後の進展を期待したい。                (物材機構 廣田憲之)