SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No.2, April. 2009

<会議報告>

低温工学協会 2008年度第2回 磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会報告  


 2009年1月28日、低温工学協会「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会」の平成20年度第2回研究会が東京大学で開催され、東北大学金属材料研究所の淡路智氏と、大阪大学大学院理学研究科の諏訪正頼氏が講演を行った。淡路氏は「超伝導材料開発からマグネット応用まで」と題し、強磁場発生用超伝導材料の機械特性を中心とした性能や、実際の超伝導マグネット開発の現状と展望について講演した。諏訪氏は、「磁気力・電磁力による微粒子分離分析法の開発」と題し、分析方法としての磁気泳動法と電磁泳動法の必要性と利点を述べた上でそれぞれの原理と実際の実験結果について講演した。以下ではその概要について報告する。
 淡路氏の講演では、まず導入として世界の主な強磁場施設を紹介し、定常磁場で30 T以上発生できる5つの施設についての消費電力量を示した。現状の金研の電力設備はこれらの世界の強磁場施設に比べてそれほど大きくはないことから、常伝導方式の水冷マグネットにおける発生磁場の上限は20 T程度であるとの試算を示した。これを考慮に入れると、金研における発生磁場向上を目指す戦略上、超伝導技術の導入は欠かせないものとなる。それを踏まえ、話題は実用超伝導線材の開発に移った。様々な超伝導線材の臨界電流の機械的特性について比較を進めた結果、NbTiやYBCO線材の臨界電流は1 GPa近くの高い軸方向応力への耐性を持つものの、Bi2223やNb3Snの場合、高強度化しても臨界電流が維持できる応力は300 MPa程度にすぎないことが分かったとのことで、後者の超伝導材料では20から30 T以上の磁力を発生させる際にはフープ力の関係から線材として利用するには困難が伴うものであると述べられた。しかし、Nb3Snについては不可逆磁場が高く、材料学的には大きな優位性を持つ。現在、金属間化合物特有の脆くて歪に弱い不利を克服するため世界中で開発が進められている。一般的にはコイル状に成形した後熱処理することでコイルを作るWind & React法が用いられる。その際のNb3Snの高強度化手法として日本で主流のブロンズ法、欧米で主流のPIT法・int-Snについて説明があり、ブロンズ法は後者に比べ機械特性がよく交流損失も少ないが、臨界電流密度(Jc)に劣るとされた。金研では焼成条件などの最適化や、軸応力に対してJcが高い特性を示すようになる事前曲げなどの機械的な操作についてもふれ、ブロンズ法でも機械的特性に優れるNb3Sn線材の開発に成功し、実用化のステージに入っているとのことである。また、次世代の超伝導線材の材料候補物質にも触れ、特に機械的特性に優れる希土類系高温超伝導線材に対する期待は大きく、高温超伝導線材の製造手法を紹介しながら20 T以上の強磁場マグネットの開発に必要不可欠な材料であることが強調された。(図 1)

                 図1. 超伝導マグネットによる発生磁場の推移

 次に、超伝導マグネットの発生磁場についての話題が提供された。液体ヘリウム冷却方式の超伝導マグネットでは現在最高25 T程度の発生磁場を持つ。また、無冷媒(伝導冷却式)超伝導マグネットの開発も同時に進めており、液体ヘリウム方式に比べ特にランニングコストが低く、液体ヘリウムの注入が不要であるため長時間使用可能であるメリットを持つ。最近開発された18 T級超伝導マグネット(図2)の詳細な仕様についての説明があり、それによればこのマグネットには外側に強度が強く、不可逆磁場がやや小さいNbTi線材を用い、内側にNb3SnとBi2223線材が使用されている。また、GM/JT冷凍機によって作り出された液体ヘリウムがコイル周りを循環してコイルの冷却の役割を果たしている。今後の計画としてはこのBi2223線材をYBCO線材に置き換えることが検討されており、試算によれば22 Tまで最大磁場を上げることが可能であるという。また、ハイブリットマグネットについてのコメントもあり、50 T級のものを計画しているとのことである。
 諏訪氏の講演では、まず現在慣用的に用いられているマイクロ微粒子分析法について紹介したうえで、実用化されているnm~ mサイズの単一微粒子に対する分離分析法が極めて少なく、微粒子の物性を利用した分離分 析法が必要であると説明された。そこで、諏訪氏らのグループでは非浸襲かつ単一粒子の分析ができる泳動分析法に着目し、微粒子の新規分離・キャラクタリゼーション法として強磁場を用いた磁気泳動法(図 3)及び電磁泳動法の開発を進めている。従来用いられる磁気力顕微鏡(MFM)やSQUID顕微鏡では常温で数 m程度の常磁性物質の磁化率の測定が不可能であることに触れ、磁場勾配を用いた磁気泳動法による磁化率測定の優位性が指摘された。
 磁気泳動法は磁場勾配により磁化を持った粒子に力を加え、その挙動から磁化率が測定できることを説明し、利点としてMFMが強磁性体のみ測定可能でSQUID顕微鏡では常温での分解能が低いのに対し、磁気泳動法による磁化率測定では常温においても常磁性物質を高分解能で測定可能となることが示された。実際の適用例として、磁気泳動法によるCo-Feプルシアンブルー類似体結晶粒子の光誘起スピン転移の検出が示された。粒子の挙動から粒子単位での光誘起の有無を確認でき、粒子サイズや光エネルギー密度と光誘起の起きやすさを系統的に調べることが可能となっている。さらに、磁場中における空気中の微粒子の泳動挙動から、イオン化を必要としない質量・磁化率同時分析も可能であることが主張された。
 次に、話題は電磁泳動法による分析法に移った。電磁泳動法はキャピラリに電気を流すことで流体にローレンツ力を発生させ、粒子に浮力を発生させる手法で、浮力の働く粒子の挙動からキャピラリ壁への結合力の測定や粒子サイズによる分離が可能であることが紹介された(図. 4)。実例として、キャピラリ壁への結合力測定において結合力酵母細胞表面のマンノース糖鎖とキャピラリ壁の相互作用の大きさを実測したことが示された。粒子サイズによる分離でも10 mと20 mのポリスチレン粒子において泳動速度が異なり、粒子サイズによる分離が可能であるという。
 本調査研究会では、磁場発生技術からそれを用いた応用例といった分野の異なる話題が提供された。淡路氏の講演から、現在では手の届かない強磁場の発生も高温超伝導線材の高性能化と実用化によって確実なものとなっていて、さらに、強磁場の利用も低温技術の進歩と相まってより手軽になっているのが印象的であった。また、諏訪氏の講演からは強磁場を応用することにより、従来手法では不可能だった高い分解能を有する新分析法が示され、材料科学を専門とする筆者としては強磁場の応用が広範な分野で利用されることを改めて実感した。超伝導線材の開発によりさらに強磁場が身近になり、強磁場の利用法も今後さらに増加していくことを実感した講演会であった。なお、図1~2及び図3~4はそれぞれ淡路、諏訪両氏のご好意により使用させていただきました。ここに謝意を表します。     (東京大学 中尾健吾)


図3. 磁気泳動観測用装置図

 

図4. 電磁泳動法における分離モデル