SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No1, February. 2009

  <コラム>2009年新春巻頭言
                             横浜国立大学 塚本修巳


 昨今猛威を奮っている不況の嵐の中、何かと気勢が上がらないのは事実です。しかし、この不況は従来の産業の枠組みを大きく変える千載一遇のチャンスとも考えられます。半年前までは巨大な利益を生んでいた超優良会社のトヨタがあっという間に巨大赤字の会社になってしまい、その他、超優良と考えられていた多くの企業が軒並み大きな赤字を出す見込みになっています。すなわち、今まで確固としているものと思っていた産業の基盤が意外に脆弱であったということであったと思います。これは産業基盤が状況によっては大きく、しかも急速に変わり得ることを示唆すものと考えられます。その意味で、今が大きな変革のチャンスと捉えることができると思います。
 もちろん、このコラムで世界の産業構造、経済構造がどうあるべきかについて議論するつもりはありませんが、地球温暖化抑制/CO2削減、すなわち低炭素社会に向けた動きは確かなものと考えられます。EUは2005年に、1990年比で温室効果ガス排出を2050年までに半減する、という提案を出し、また、日本の安部元首相は2007年にCool Earth 50構想として同様に2050年までに排出半減を提案しました。このため、2007年のドイツハイリゲンサミットではこの排出半減提案を真剣に検討することが宣言されました。福田元首相が2008年に発表した福田ビジョンでは、世界全体で2050年までにCO2排出半減の提案を発表し、日本国内では60−80%のCO2排出削減について言及しています。EUもEU内では同様に60−80%の排出削減をかなり以前から提案しています。このような削減が実現可能なのか、とか、ほんとうに必要なのかという議論は他に任せるとして、いずれにしてもCO2排出削減については真剣に考える必要があります。このためには新技術の導入、さらには産業構造、経済構造の大きな変革が必要であることは確かです。
CO2排出の構成は我国の例を取ると発電で4割、鉄鋼、民生がそれぞれ1割、運輸が2割、その他産業は合わせて2割に過ぎません。運輸でも将来的には電気自動車の普及、さらに全般的なエネルギーの電力シフトを考えれば発電分野におけるCO2排出削減が最も重要であることは明らかです。世界的にみても同様なことが言えます。
 前置きがだいぶ長くなりましたが、ここでCO2排出削減に対する超電導の役割、位置づけについて述べて見たいと思います。超電導電気機器技術のCO2削減への貢献は2つの観点があります。一つは超電導機器の効率向上です。これについてはいろいろのところで述べられていますのであえて繰り返しません。もう一つ忘れてはならない大きな役割は電力システムの構成および運用に柔軟性を増すことです。これは電力システム全体としての効率を向上させるとともに、CO2を排出しない風力や太陽光などの自然エネルギー発電の電力系統への導入促進に役立ちます。自然エネルギーの大きな問題は発電量が自然任せで、電力需要の増減にマッチしないことです。このため電力系統の電圧維持制御上の制約により自然エネルギー発電の導入量に制約が出てきます。超電導電力ケーブルや限流器、また、SMESは、電力系統の柔軟な構成を容易にし、系統の負荷変動を抑制します。このため、超電導機器の導入により自然エネルギー発電装置の連系による系統電圧変動の抑制を容易に行うことができ、その分自然エネルギーの導入量を増やすことができます。実際、2005年のグレンイーグルのG8サミットで、自然エネルギーの導入促進として電力システムの柔軟性を図る方策の提案が求められ、IEA(国際エネルギー機構)が案の取りまとめを行っております。その中で超電導技術の応用が位置づけられることになっております。また、先に述べた安部元首相のCool Earth 50のロードマップが作られており、その中に超電導ケーブル開発が取り入られています。
 以上のように超電導技術は、効率の向上、自然エネルギーの導入促進という観点からCO2削減に貢献する重要技術であるということで、我国においても世界においても明確に位置付けられております。
 超電導応用電力機器開発の重要性は以前から十分認識されており、長年にわたって開発努力が続けられて来ておりますが、近年の高温超電導線材技術の進展により世界的にも超電導応用機器の実用化開発に拍車がかかってきております。日本では、昨年度終了したNEDO/ISTECプロジェクト「超電導応用基盤技術開発」において、幅1 cm、臨界電流300 A、長さ500 mの薄膜超電導線材開発の成果を受けて、2008年度より新たにNEDO/ISTECプロジェクト「Y系超電導電力機器開発」が発足しました。5年をかけてY系導体応用SMES、ケーブル、変圧器の開発を行い、実用化への見通しをつける予定です。また、Bi系線材を用いた66 kV、200 MVA、 300 m級電力ケーブルを開発するNEDOプロジェクトが2007年度に始まり、2011年度には実系統に導入して試験が行われる予定です。アメリカももとより超電導応用電力機器の開発は盛んで、長尺のY系線材の市販が始まっており、世界各国の機器開発プロジェクトに供給されています。また、超電導電力ケーブルの開発には特に熱心で、現在3件の系統へ導入しての開発プロジェクトが行われており、最も長いものは600 mあります。これらの成果をもとに、次のステップとして試験設備ではない実用超電導ケーブルを設置するプロジェクトが開始される予定です。その他、舶用の超電導モータ、限流器の開発が現在行われています。ヨーロッパではCO2削減やエネルギーセキュリティの観点からも自然エネルギー発電に対する関心が高く、風力発電機、水車発電機の超電導化開発が進められています。中国、韓国でも超電導ケーブル、限流器、変圧器など超電導応用機器の開発が進められています。
 オバマ大統領は地球環境に焦点を当てたGreen New Deal政策により経済の不況を立て直そうとしています。また、世界的にも環境問題/CO2削減に対する関心が高まっており、世界同時不況の中、この分野の新たな産業が創出される機運が出てきています。もちろん、超電導応用は上述のような電力機器やCO2削減への応用だけではなく、医療、情報・通信、産業応用と幅が広いことは言うまでもありませんが、このような機運の中、地球環境問題/CO2削減と言うキーワードで、まず超電導応用電力機器開発に大きなドライブがかかってくることが期待されます。この不況の中、以上のように超電導にとって明るい見通しがあり、この見通しをもって新春の巻頭言にしたいと思います。