SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No.1, February. 2009

  磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会報告


   2009年1月15日、低温工学協会「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会」第一回研究会が東京大学で開催され、磁気制御技術研究会・理事長の武田真一氏が「磁気分離実用化の現状と将来展望」と題し講演を行った。武田氏は磁気分離分野においてこれまで岡山大・大阪大で研究経歴を有し、現在では大阪大学を辞し、磁気分離技術の製品化や事業化といった普及段階において大きく貢献している。今回の講演では磁気分離の起点、超伝導磁石を用いた製紙排水の浄化処理システムの製品化、製紙業界以外の他分野への事業展開についてこれまでの成果を幅広く紹介した。以下ではその概要を紹介する。
 まず磁気分離による汚染水の浄化技術について説明した。武田氏の磁気分離への取り組みは、大阪湾におけるアオコの磁気分離の研究に端を発する。湖沼の汚染された原水から担磁させたアオコを磁気分離によって分離し、水の浄化に導く研究である。原理的には常磁性体のように非常に磁性の弱い物質でも非常に強い磁場や磁場勾配を発生させれば磁気分離は可能となる。しかし、現実的には非常に強い超伝導磁石が必要となり製品のコスト上昇に直結してしまう。そこで弱磁性を持つ物質を対象とする場合、強い磁性を有する粒子に吸着させることで磁性粒子ごと磁気によって分離する担磁法を利用する。アオコの回収には、アオコの官能基として機能する極性の強いカルボキシル基を硫酸第一鉄のコロイド粒子と結合させ磁気分離を行っている。このときのアオコの回収率は硫酸第一鉄の濃度にもよるが1 m mol / l 以上で95%以上の高い水準となっている。
 第二の取り組みが磁気分離の製紙工場への導入である。武田氏らはこの担磁技術を利用した磁気分離技術の事業化には湖沼の浄化ではなく産業応用に直結する用途の探索の必要性を感じ、まず着目したのが製紙業だった。製紙業界は当時、上下水道の利用料金の値上げが経営を圧迫する状態にあり、工場排水の水質の向上を通じた排水の再利用率を向上させ、上下水道の利用を最低限にする方法を模索していた。そこで超伝導磁石を用いた磁気分離により、工場排水中に含まれる硫酸バンドや凝集剤などを分離・除去し、工場内で再使用可能な水として回収する廃水処理システムの開発を目指した。この研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトの一環として発足し、2000 t / 日の大量処理、濁度10以下、COD 20 ppm以下の高度処理が目標に掲げられた。さらに製品化に向けた連続運転への対応なども求められた。これを受けて、連続磁性フィルター交換システムを開発し、2000 t / 日の廃水処理機能を持つプラントを設計、建設することに成功した。建設された超伝導磁気分離廃水処理プラントは2000 t / 日で1ヶ月の連続運転可能な高い処理機能を有し、処理後のCOD値も40 ppmの高度処理が達成された。この値は下水に流せるCOD値(160 ppm以下)をクリアしている。従来の加圧浮上や凝集沈殿によって廃水処理を行う場合、処理後再利用可能な水は50~70%であったのに対し、開発された超伝導磁気分離プラントでは再利用可能な水の割合は90%となり、担磁や超伝導磁石の維持にかかる費用を差し引いても十分採算が取れる。実際、これらの初期設備投資にかかる費用は1~1.5億円程度に収まり、他の処理設備に比べると安価である。さらに、その規模も6×6 m2の敷地内に収まる程度であることから都市型の排水処理システムとして今後更なる広範な利用が期待できるとのことである。
 これまで製紙業界を対象に廃水処理システムを構築し磁気分離技術の製品化を達成したが、製紙業界におけるこのシステムの市場規模は国内外合わせて2000億円程度とそれほど大きくない。そこで次の課題は開発された磁気分離システムの事業化である。磁気分離は他の廃処理設備に比べて小スケールで高速に大量処理を行えるという利点を持っている。そこで工事現場などに短期間設備を貸し出す、リユースによるビジネスモデルが考案された。超伝導磁気分離プラントならば、まとまった足場が少なく大量の廃水が出る現場においても簡単に設置でき、高速でこれを処理することができる。たとえば鉄粉による汚染地盤の水処理では、最大500 l / min の高速で連続処理し、鉄粉を98%の高い水準で回収できる。武田氏の共同研究者である株式会社MSエンジニアリングの開発事例によれば磁性吸着処理剤を利用した場合、汚水中に含まれるヒ素、セレン、重金属など様々な有害物質を環境濃度以下まで分離・除去できるようである。このように磁気分離は様々な物質の分離・除去に応用できるため将来的には広い分野で応用されて行くことが期待される。しかしながら現段階ではほとんどの汚水発生現場で活性汚泥などの現役の排水処理システムが十分な余力をもって稼動中であるため、開発リスクを負ってまで新たな設備投資をする事業者が現れないのが現状とのことである。
ここで磁気分離技術のさらなる製品化・事業化を支える目的で「磁気制御技術研究会」が発足した。これは主に「会員の委託に基く磁気分離用担磁剤レシピ等に関する委託研究開発」「会員の委託に基く磁気分離装置等の技術に関する受託研究開発およびコンサルティング」「その他超電導磁石等を用いた高勾配磁気分離の研究およびコンサルティング」を行う人格なき社団であり、主にパイロットプラントでの実用化実験の補助を行っている。実は磁気分離のテクノロジーを進める上で課題となる点の多くは超伝導磁石以外の部分、坦磁材の開発や既存設備へのマッチング、分離した磁性粒子・回収物の処理法などそれぞれの顧客ニーズに合わせて解決しなくてはならない課題がほとんどであり、顧客の窓口の役割を果たすことを目指している。
 このほかにも武田氏自身が「武田コロイドテクノ・コンサルティング」というベンチャー企業を立ち上げた経験から、ベンチャー設立の意義やそれに必要なバックグラウンドに関わる話題の提供もあった。事業化を積極的に推進する組織の設立にあたり、企業のような営利を目的とする組織の形態や実質弁償方式をとる人格なき社団のような様々な選択肢のうち、武田氏らが設立した「磁気制御技術研究会」は後者である。後者である「人格なき社団」を選択するメリットは営利を目的としないので税制面での負担が小さく、また、同じく営利を目的としないNPOと異なり、国からの承認を必要としないで立ち上げることができることである。さらに当方も含む学生の参加者に向けてアントレプレナーシップについての言及もあり、事業化には起業しようとする研究成果の技術的意義だけでなく製品化・事業化を見据えた市場調査や付随する技術構築に対する努力が常に必要となる。それゆえに、確固たる技術や目標の構築・設定や夢を持ち続けることの大切さも語っていただいた。
(東京大学 福島隆之)



図1 開発された磁気分離プラント

 

 

図2 パイロットテスト装置
(住重プラントエンジニアリング株式会社)