SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.17, No.6, December. 2008

  高温超伝導体の特性を向上させる―人工ピン技術の進展          _九工大_


高温超伝導体、特に磁場中Jcの高いYBCO薄膜を用いたY系線材(coated conductor)の開発が進んでおり、長さ500~1000 mで、77 Kにおいて200~300 Aの臨界電流を有する線材が実現しつつある。Y系線材は77 K, 数Tといった磁場中においても高いJcの維持が可能であり、応用上大変期待されている。さらに、低温に冷却すれば従来にない極めて高いJcを30 T以上の高磁場にわたって実現可能であり、高性能線材として今後、大きく普及していくものと考えられる。高Jcの実現には粒界を制御する2軸配向化技術の寄与が極めて大きいが、ここ数年、Jcがさらに向上する気配を示している(図1参照)。それは人工ピン(APC)と呼ばれる技術が開発されY系線材のピン止め技術が進みつつあるからである。

 

      図1. YBCO薄膜の77 KにおけるJcの改善。NbTi線材の4.2 KでのJc特性に匹敵するレベルになった。

 

 一般に、YBCO薄膜の超伝導特性には、量子化磁束のピン止め点となりうる多くの結晶欠陥が存在する。酸素欠損、ツイン、転位、ボイド、析出物、等々がそれであるが、これらは薄膜中に自然に導入された欠陥であり、種類や形状、分布、密度などを自由に制御できるわけではない。これに対して、人工ピン手法はピン止め点の形状を選択し、その密度や分布を人工的に設計し、薄膜中に実際に導入することを可能にする技術である。                                                                          人工ピンの萌芽期には、PLD法を用いたSurface-Decoration法、Mixed-Target法、およびSwitching-Target法などが開発された。その後、同じくPLD法において、Mixed-Target法を用いてYBCOと反応しないBaZrO3やBaSnO3等を適量添加しておくと、これらがナノロッドとなって薄膜中に大量に形成されことが発見された。1)これによって77 Kの磁場中Jcは数倍~10倍程度増加することが示された。ナノロッドは、混合ターゲット法以外にも、Surface-Modified-Target法やPie-Shape-Target法でも実現できる。  
 ナノロッドの直径は5-10 nm、間隔は約20 nmであり、膜面に垂直に上下を貫いている。膜厚が3 mの膜でも基板表面から薄膜表面までナノロッドが連続していることが確認されており、磁場中のアブリコソフ格子の配置とほぼ同等である。ナノロッドの密度を変化させ、マッチング磁場BMを変化させると、それにつれてBirr曲線のピークが移動し、またJcの磁場印加角度依存性において、ナノロッドに平行に磁場をかけたときにJcの大きなピークが現れる。これらのことからもナノロッドが量子化磁束を強力にピン止めしていることが示唆される。
 しかし、ナノロッドにおける問題は、Jcの磁場角度依存性に大きな異方性が現れることである。磁場方向と基板表面との角度を とすると、 =0°と90° にJcのピークが現れ、 =15~30° 程度のJcが一番低くなってしまう。超伝導線材を用いて超伝導コイルを作る場合、様々な方向の磁場成分が線材に印加される。そのため、コイルに流しうる超伝導電流は、Jcが一番小さくなる磁場成分が加わる部分によって制限されてしまう。このため特定の方向のJcを向上させるだけでなく、異方性を低減させ等方的なJc特性を実現する必要がある。
これに対し =90° 方向のJcは劣るものの、等方的なJcの磁場角度依存性を与える人工ピンとしてY2O3などのナノ粒子がある。ナノ粒子はMixed-Target法やSurface- Modified- Target法によって多数の粒子を導入できる。直径10 nm程度の高密度に分散したナノ粒子は量子化磁束を草の根的にピン止めし、等方的なJcの磁場角度依存性を与える。そのため、ナノ粒子も、Y系線材のピン止め点として将来的に有望と考えられている。
 一方、最新の報告では、ナノロッドの成膜条件を調整することで、分断されたナノロッドを数 m厚の薄膜中に導入し、Jcの異方性を低減するとともに、65 K、3 Tの磁場中で400 Aを越える等方的な磁場角度依存性を実現したとの報告もある。この場合でも、連続したナノロッドではなく、不連続なナノロッドが用いられる。これは、ピン止めを与えるのが、自由エネルギーに変化を与える部分であることを考えれば、ナノロッドの切断された部分がその役割を担っているものと解釈できる。等方的で高い臨界電流の実現は、膜中に大量に分散した効果的なピン止め点によるものと考えられよう。
 本研究を世界的にリードしている松本要教授は、「人工ピンは、様々な方法が現在も開発中であり、Y系線材の特性を制御する方法として発展していくのは間違いない。これらの手法が今後、Bi系線材やMgB2、あるいはNb3Snなどの金属系線材にも波及し、それら線材の性能向上に一役買う可能性もあるかもしれない。」と語っている。                                                                                                                 (君子務本)

参考文献
1) 例えば、松本 要、"ナノテクで量子化磁束を制御する―人工ピンの導入―",応用物理,p. 19, 77, 2008.