SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.17, No.3, JUNE. 2008

8.〈「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会《第3回研究会報告〉


 2008年4月3日、低温工学協会「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会《第3回研究会が東京大学で開催され、財団法人鉄道総合技術研究所の池畑政輝氏が「磁界の生物影響評価*細胞研究を中心にした視点から*《と題し講演を行った。池畑氏が所属する生物工学研究室では、鉄道あるいは鉄道に関わる周辺機器などが生体・環境に与える影響に関する研究を長年行っており、例えば、鉄道車両用変圧器オイル中のポリ塩化ビフェニル(PCB)の紫外線分解・生物処理法による無害化処理法の開発をはじめ、リニア車両で発生する磁界の生体に与える影響の評価、軌道周辺の雑草防除技術、鉄道沿線の環境モニタリングに生物を利用する手法、及び鉄道衛生の評価法の開発を進めている。本研究会では、磁界の生体作用・影響の評価に焦点を当てこれまでの研究成果について幅広く紹介した。以下ではその概要を紹介する。

 まず世界保健機関をはじめとする国際機関が行ってきたこれまでの電磁界の生物影響評価についての歴史と現状における評価法の問題点について説明があった。電磁界の健康影響評価の時間的な流れを図1に示した。現在の国際的な電磁界暴露制限のガイドラインの策定は、低周波領域では神経刺激を起こさないこと、また高周波側ではエネルギー吸収による発熱を起こさないことを根拠に行われているという。池畑氏は、社会の関心は発ガンやその他疾病への影響であり、遺伝子を含めた生体への影響について多角的に検討し、生物影響を評価するための知見を蓄積していくことが非常に重要であると指摘した。最近、磁界の発がん性の影響についても評価の動きがあり、国際がん研究機構(IARC)のモノグラフによれば数十Hz程度の極低周波電磁界はGroup 2B (人に対して強度、曝露量などの指標は用いていないが、発がん性を持つかもしれない)に分類され、これはコーヒー、ガソリンエンジンの排ガス、漬物、わらび、印刷作業環境などと同じ分類である。なお、磁界強度や暴露量などの定量的な指標は示されていないのが現状であるとのことである。

 次に池畑氏のグループが行っている磁界の生体影響に関する研究について説明があった。従来、主に商用周波数(50/60 Hz)、1 mT以下の弱い変動磁界を用いた研究のみが行われてきたが、近年の超伝導技術の発展による定常強磁界曝露機会の増加や電力消費増大に伴う変動磁界曝露機会の増加を踏まえ、鉄道総研では①最大14 Tの定常磁界(地磁気0.05 mTの200,000倊以上の強度)、②50 Hzで最大40 mTの変動磁界(環境中の100-10,000倊の強度)、③2, 20, 60 kHzで最大1 mTの中間周波磁界、④定常磁界と50 Hzの変動磁界を併せた複合電磁界、の4つの暴露条件で検討を行っている(図2)。

まず磁界がDNAレベルに与える影響を調べるための出芽酵母を用いた試験管内試験である微生物変異原性試験(エイムス・テスト)の結果を紹介した。5 Tまでの静磁界中の暴露試験では点突然変異への影響は認められなかった。しかし、1 T以上で染色体組換えをわずかに誘導する結果が得られ、2 T以上ではDNA反応性変異原物質の変異原性が影響を受ける助変異原性が認められ、DNAとの反応性が示唆された。一方で40 mT、50 Hzまでの曝露試験の場合、点突然変異、染色体組換えは磁界だけでは起こらないが、紫外線による染色体組換え能力は30 mT、50 Hzの磁界でわずかに増加し、DNA搊傷修復応答による細胞周期の停止を変動磁界が阻害する可能性を示唆した。さらに個体試験であるショウジョウバエの変異原性試験では、ショウジョウバエmei-41株(ヒトのATM 遺伝子(遺伝子修復に関わる重要な遺伝子、毛細血管拡張性失調症の原因遺伝子)と相同性がある)を静磁界暴露したところ、磁界曝露強度依存的に染色体組換えが増加し、2 T以上で飽和する傾向が確認され、静磁界曝露によってDNA搊傷が起こっている可能性が示唆された。しかしながら、5 Tの定常磁界に72時間曝露した時の遺伝子の変異頻度は、昼間の日光中1秒間に含まれる紫外線の1/60以下であり、実用上問題となるレベルではないようである。

次に静磁界曝露による酸化ストレス付与の検証に話が移った。これまで静磁界による酸化ストレスの付与、活性酸素種の寿命への影響などを示唆した研究報告がすでになされていて、今回は追試も兼ねた同様の実験をSuperoxide dismutase(SOD)遺伝子(生体内のO2を除去する遺伝子)を欠搊する大腸菌を用いて静磁界の変異原性および助変異原性の観点から行った。検出系としてはThymine合成系の突然変異とRifampicin耐性の突然変異を用いていたが、13 Tまでの静磁界では変異原性、活性酸素種を産生するPlumbaginとの同時曝露による助変異原性についても有意な影響は観測されず、これまでの研究報告の再現性を見出すことができなかった。これはDNA搊傷修復経路などへの影響を考慮した実験系を用いて再検証する必要があるとのことだった。

さらに話は遺伝子発現に及ぼす磁界の影響にまで及ぶ。遺伝子の働き方は環境の変化等に対して迅速に変化できるように制御されており、その働き方に対する影響を解析することで、細胞全体ひいては個体への影響を調べることが可能となる。遺伝子発現の解析手法としてはマイクロアレイによるマススクリーニング手法(全遺伝子を同時に解析し、細胞内に変化があるかどうかを定性的にはかる手法)、リアルタイムPCRによる定量的解析手法(特定の遺伝子に着目し、精度良く解析することで、影響の程度を定量的に知る手法)を用い実験を行っていた。その結果、変異原性試験の結果から示唆される磁界曝露によるDNA搊傷や酸素ストレスへの応答遺伝子については発現の増強は認められなかったが、TCAサイクル(Tricarboxylic acid cycle)(図3)に関わる遺伝子の一部の発現が14 Tへの曝露により増強されたとのことだった。

磁界の生体作用・影響の評価については生体材料の相違(特殊な培養細胞、個体動物、組織等)や磁界曝露条件の相違(磁界強度、磁界波形、曝露条件)などにより、磁界効果のメカニズムやリスク比較などの定量的な理解には大きな困難を伴う。池畑氏は、本質的な理解にはさらなるデータの蓄積や高感度な評価手法の構築などの必要性を指摘した。磁界を扱っている研究者にとっては一日も早い生体への磁界効果が明らかにされることが望まれる。      


図1 電磁界の健康影響評価の流れ


図2 対象とした電磁界とガイドライン

図3 TCAサイクル(クエン酸回路)
                               

  (東京大学:石原 篤)