SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.17, No.3, JUNE. 2008

7.〈コラム〉Fe系オキシニクタイド高温超伝導体発見の背景と展望

Fe系オキシニクタイド超伝導体を生んだ細野秀雄教授に聞く!:Fe系オキシニクタイド高温超伝導発見を支援した科学技術振興機構(JST)の北澤宏一理事長に聞く


 SUPERCOM事務局では本年2月の発表以来、超伝導業界に画期的な新風を吹き込んだFe系オキシニクタイド超伝導体の発見者、細野秀雄教授(東京工業大学)に5月23日にインタビューを行いました。以下にQ&A形式で記してみます。

Q:これまでの超伝導とのかかわりを教えてください

A:銅酸化物の高温超伝導フィーバーのときは吊工大に助手として勤めていました。当時、物理学会では高温超伝導の新しい報告が相次ぎ盛況だったのですが、私が関わっていたセラミックス協会では、取材に来ていたマスコミ記者が「ここでは新しい話が出てこない《と言っていたように、発表自体は少なくありませんせんでしたが、残念ながら物質科学としての寄与はあまりなかったと思います。このときは、超伝導は物理現象なので、基本的にセラミックス業界とは合っていないものだと感じたものです。その頃、1986年から1990年にかけては主にCaO-Al2O3系のガラスの研究を行っていました。銅酸化物で少しだけ関わったのは(前駆体として)ガラス状態となるBi系酸化物だけで、その後、2005年まで超伝導には全くタッチしていません。研究では専ら非遷移金属を扱い、意図的に遷移金属を避けてきました。遷移金属元素を使う場合でも、d電子が無いまたは10個の閉殻の価数にしていました。つまり、カチオンではなくアニオンの操作で研究の特徴を出そうとしていたわけです。

Q:オキシニクタイドに至る経緯を聞かせてください。

A:JSTのERATO-SORSTプロジェクトのテーマであるP型透明半導体としてFe系オキシニクタイドと同じ構造を持つLaCuOS(Cuは1価)の研究を行っていましたが、学生が新しいテーマが欲しい、具体的にはCuを1価から2価に変えるためにS(硫黄)をP(燐)に変えたいと言ってきました。Pは簡単に燃えてしまうので危険だし合成がうまくできなのでは、と危惧しましたが、実際に作ってみるとオキシニクタイド相が簡単にできました。

ところで、ERATO-SORSTプロジェクトには多くの人がいます。私はリーダーとして独立したテーマを与えるため、それを増やさなければなりませんでした。そこで遂にCu+を他の遷移金属で置き換えることにしました。Mnのときには反強磁性が、Coでは強磁性が、そしてFeでは超伝導が現れました。2005年のことです。このLaFeOPの超伝導もLaFeOAsの超伝導を後に見つけた神原君(ポスドク)の発見ですが、Tcが低かったのであまり注目されませんでした。2種類のアニオンを含む物質では上純物相を減らすのがかなり難しいのですが、この一連の研究の中で上純物相の特性をオキシニクタイドの性質(磁性)と見誤ったことがあります。これを報告してしまったため、取り下げやお詫びで労力を使ったうえ、研究チームの士気にも悪い影響を及ぼし、オキシニクタイドから撤退しようという意見も出たくらいでした。しかし、テーマの筋はどう判断しても悪くないので、ここで全部止めてしまうと何も残りません。そんな折、JSTの北澤理事長にお詫びを兼ねて相談したのですが、ついでに話したLaFeOPのことについて「Feの超伝導は面白い《と非常に興味を持っていただきました。これが研究を続ける刺激になったのです。

Q:毒性が高く超伝導にも上利と考えられるAs(砒素)に転換した経緯を教えてください。

A:「Pではもうやることがないので、Asを使ってみたい《と神原君が言ってきました。確かにPをAsに変えることは重い元素になるので超伝導の常識から見てTcの上昇は期待できません。毒性については、誤ってホスフィンが生成する可能性があるPのほうが危険です。Asの性質をよく知って扱えばPのときよりも合成は容易と感じていました。駄目もとでやってみようかという話でなりました。実際、LaFeOAsは合成できましたが、ノンドープでやはり超伝導を示しませんでした。そこで、LaFeOPにおいてTcの上昇に少し寄与したFドープを行ったところ、約25 Kで超伝導を示す試料ができました。この驚くべき新事実に対しては、先に述べた教訓もあり慎重になりました。そこで、クロスチェックの意味で別の学生にも平行してかつさらに系統的に実験を行ってもらいました。これは昨年の9月から10月にかけてのことです。そして、LaFeOAsはTc(onset)が32 Kに達する超伝導体であることを確認しました。個人的には電子ドープ12CaO・7Al2O3超伝導のほうが感激したのですが、今年2月のはじめに研究プロジェクトの関わりでこの新しい高温超伝導の話を北澤理事長にしましたらとても驚かれ、今日のような大きな展開が始まったわけです。

Q:類縁新超伝導体が中国から続々誕生していますが、どのように見ていますか?

A:新超伝導体の探索では構成元素の選択が重要です。我々はLaサイトの置換を周期表で隣のCeではなく、ランタノイドの逆の端のLuから始めましたが、結晶相ができないため結果的に遠回りになってしまいました。Ce、Pr、Nd…と置き換えていく人間コンビナトリアルはやりたくなかったのです。ところが、中国からはこの手法でどんどん新超伝導体が生まれました。Physics Todayの5月号に書かれていますが、中国では4月4日に45人規模の国内会議が既に開催されています。注目すべきはその研究会の吊称がFe-and Ni-based superconductorsとなっていることで、視野が広いのに驚きました。  ランタノイド置換だけでなくこの系では様々な元素置換が可能で、多くの新超伝導体が生まれてくると考えていますし、実際、最近、続々と報告されています。我々もつい最近、NiAs層とCa層の積層化合物(無限層構造)においても超伝導を観測しました。このように類縁の新規超伝導体の探索においてはChemistry分野が活躍すべきと考えています。特に固体化学と物理の興味のつながりが重要ではないでしょうか。銅酸化物超伝導体ブームのときのように。

本系の新超伝導体探索で我々がやや後手を踏んでしまった原因の一つに、新物質を発見したチーム特有の役割があります。それは物質探索だけでなく物性評価もリードしていかなければならないことで、そのための大量の提供用試料作製は、工程が多いため特に大変でした。但し、ERATOはリーダーが一括指揮できるシステムなのが良く、作業の指示や提供先への試料配分についてバランスを考えながら進めることができます。また、精密な物性評価では試料の質が重要ですが、先にも話しましたとおり、本系で単相試料に近い試料を合成するにはかなりの“合成の腕”が必要です。試料の質という点では今のところ我々の試料は中国産のものより高い評価を受けており、これはうれしいことです。

Q:LaFeOAs系の高温超伝導機構についてはどのようにお考えですか?

A:LaFeOAs系だけが高いTcを示すのには、ノンドープの物質としてこの系だけが150 K付近で構造相転移すること、つまりスピン密度波が関与していると思います。また、構造的にはFeの正方格子に注目しています。Fe-Fe間の距離は金属Feよりやや長いものの、それほど遠くはなく、微妙な距離です。AsやPはFe-Fe間隔を決めるスペーサーと見ることができます。超伝導がマルチバンドで起こっていることは確からしくなっていますが、Fe格子が重要な役割を担っている可能性を考えています。

Q:早々と材料化の検討も始まっていますが、この物質群は、物性や結晶成長の異方性、おそらく短いコヒーレンス長など、銅酸化物超伝導体と似ていて、その材料化での経験が生かせるのでは、と見ていますが?

A:現時点ではよくわからないところがありますが、概ね、そのとおりでしょう。平板状の結晶で、Bi系銅酸化物のように劈開性がある可能性が高く、そうであれば圧延による結晶配向も可能です。

Q:この大発見によって超伝導コミュニティーに深く関わられることになりましたが、最後にその感想をお聞かせください。

A:今年に入ってから、福山先生から電子ドープ12CaO・7Al2O3の超電導の話をするように、NEDOの「新超電導物質探索に関する調査《の研究会に呼ばれ、ここで初めて様々な、特に物理サイドの超伝導の研究者とつながりができました。これは、本当にタイムリーな機会で、上勉強な私には本当に有益でした。また、超伝導業界ではTcの高さによって注目の集まり具合が急に大きく変わることにも驚きました。

本インタビューは、アポイントメントなしの突撃インタビューでしたが、快く細野先生に受けていただきました。当初15分間くらいの予定が、インタビュアーの上手際(雑談、脱線)によって90分間にわたってしまいましたが、この間、一貫して熱くわかりやすく語っていただきました。事務局一同、感謝申し上げます。

La214、Bi系の銅酸化物、MgB2に続いて日本から生まれた新高温超伝導体、RE(希土類)FeOAs系は、銅酸化物のように様々な元素サイトの置換が可能で、層状構造がさらに多彩になれば、莫大な数の新物質誕生の可能性がきわめて高いばかりか、これまでに55 Kに上昇してきたTcがどこまで上がるのかにも大いに注目しましょう。

Supercom事務局では細野先生へのインタビューに続いて、6月18日にJST北澤理事長にインタビューを行いました。以下、Q&A形式でその様子をお伝えします。

Q. 最初に、今回のFeAs系高温超伝導の出現について、経緯と感想をお聞かせください。

A. ライフサイエンスの分野ではIPS細胞という大発見がありました。マテリアルサイエンスの分野でも、何か大発見が生まれないかと思っていたところにちょうど出てきたのが、この新しい高温超伝導です。細野先生からLaFeAsOにおける高温超伝導発見について記者発表する旨の届出をJSTが受けたとき、これは大変な広がりを持つ発見である、と考えたので、東工大学長に同席いただくなど大々的なニュースにふさわしい記者会見席を設けました。この新しい高温超伝導は、確実な進展が期待できるIPS細胞と比べるとややリスキーですが、どのように、どこまで発展するのか大きな夢があり、また関わる研究者にとってとても面白い題材です。何しろ、銅酸化物高温超伝導体では結局CuO2面を変えることはできませんでした。このため、非常に多くの超伝導体が発見されたものの、物質探索は10年間でほぼ終わりました。これに対して、LaFeOAsではLaO層の部分はもちろん超伝導を担っているFeや Asを他の元素で置き換えても超伝導が発現しています。つまり、銅酸化物よりも元素の組み合わせがはるかに多くなります。さらに、より多様な結晶構造が見つかることになれば、物質探索研究は何十年も活発に続くことになるでしょう。興味があるのは、層状構造が必須かどうか、という点で、この制約が無くなるのであれば、新超伝導物質群は膨大に広がっていくでしょう。

Q. 確かにこの2~3ヶ月、銅酸化物のフィーバー時より物質探索に参入している研究者が少ないにもかかわらず、かなりのハイペースで新超伝導物質が誕生しており、酸素を含まない (Ba,K)FeAsでも高温超伝導が発現しています。この起点となった細野グループの発見の位置付けについて、どのようにイメージされていますか?

A. 細野グループの発見は高温超伝導となる可能性を秘めた物質群がどのような大陸に存在するかを指し示したものと言えます。その意味で新大陸の発見に相当するものです。新大陸が発見されると探検家たちはビクトリアの滝などの発見を目指して旅立ちますが、そのルートは必ずしも見えているわけでなく、さらにその先に新しい大陸が現れるかも知れません。いずれにせよ、これまで「このような物質しか超伝導にならない《と考えられていた制約がなくなった点での精神的な影響はルネッサンスが始まったときのように大きいと思います。JSTは探検家たちが旅立とうとするときにそれを支援するのが役割と心得ています。

Q. 今後の研究を推進、支援するうえで、重視していている点や戦略をお聞かせください。

A. 今は新物質探索を第一とすべき時期と考えています。高品質の試料を作製する技術を磨くのは後回しで良いでしょう。これは銅酸化物超伝導体発見の直後にLa214系の高品質試料作製に労力を費やし、新物質探索に遅れをとってしまった私自身の経験から言えることです。これからも続々と新超伝導物質が登場すれば、次のプロジェクトにつながっていきます。とにかく、基礎から応用まで一様な研究展開の推進を想定しています。このようなやり方は一見、非効率的なようですが、たとえば応用に適した物質が誕生する前に材料化、機器開発の技術を確立しておくことは重要で、材料物質の誕生後に応用技術開発に向かうのはかなり遠回りで、時期を逸してしまいます。

とにかく、材料開発研究、高Tc物質の探索研究とも、液体窒素温度(77 K)を超えるTcの実現が大きな転機になるのは確かで、その出現の可能性は極めて高いと思います。このほか、上部臨界磁場が極めて高いこと、異方性や加工性の問題が銅酸化物よりも難しくなさそうであることなど、最近わかってきている本物質群の性質も材料応用への期待を膨らませるものです。

Q. 最後に、ご自身で新物質探索に携われるとしたら、どのような戦略で臨まれますか?

A. 薄膜法や高圧合成法で試みたいですね。薄膜法ではlayer-by-layerで積層すれば任意の結晶構造ができ、高圧合成法では構成元素の蒸発を圧力で抑え込むことができます。研究室の教員の立場ならば、学生、スタッフなど皆からアイディア・プランをどんどん出してもらい、作戦会議を行います。今のところFe, Asを含む物質群だけが高いTcを示していますが、PやNの化合物についても積極的に物質探索が行うのが面白いと思います。

以上、北澤理事長からは、JSTの立場と銅酸化物高温超伝導をリードされてきた経験を織り交ぜたお話をうかがうことができました。JSTはこの新物質大陸の開拓を支援するスポンサーであり、多くの夢ある探検家を募り、人と大陸の両方を育てていこうという姿勢がよくわかりました。この大陸の大きさを明らかにすること、最高峰を見つけること、資源を見つけることなど、やることはたくさんあります。銅酸化物超伝導体の発見から20年余りしか経っていないのは好都合で、当時の探検経験者や探検道具が若い探検者を巻き込みながら再び活躍するのではないでしょうか。

        

                               

  (インタビュアー スーパーコム事務局補助員 下山 淳一)