SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.17, No.2, April. 2008

9.〈「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会《第二回研究会報告〉


  2008年3月11日、低温工学協会「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会《第二回研究会が東京大学で開催され、新潟大学工学部付属工学力教育センターの岡徹雄氏が「高温超伝導バルク磁石とその応用研究《と題し講演を行った。岡氏はこれまで高温超伝導バルクの擬似単結晶育成に留まらず、バルク磁石を用いた応用まで踏み込んだ研究を進めてきた経験を有し、超伝導、低温、磁場応用のいずれの分野にも大きく貢献している。今回の講演では高温超伝導バルクの臨界電流特性に向けた材料科学、バルク磁石へのパルス着磁法の開発、バルク磁石の応用についてこれまでの成果を幅広く紹介した。以下ではその概要を紹介する。

 まず高温超伝導発見以降の溶融凝固バルク磁石の高機能化に向けたこれまでの取り組みについて説明した。第一の取り組みが高温超伝導体REBa2Cu3Oy(RE123)の機械強度および臨界電流密度の向上である。多結晶焼結体においてAgおよびZr金属の添加により超伝導を壊すことなく、強度の向上が図れることを見出した。岡氏は特にZr添加時の強度向上とともにZrの酸化反応の副作用によってRE2BaCuO5(RE211)が析出することに着目した。そこであらかじめRE211を添加する手法を溶融凝固バルクの作製に適用した。結果的に高温超伝導バルクはRE211の添加量の増大と共に機械強度のみならず飛躍的な臨界電流密度の向上にも寄与することを見出した。このような歴史的過程を踏んでRE211の添加手法が確立し、この手法は現在でも高温超伝導バルクを作製する上で上可欠なものとなっている。

 第二の取り組みが高温超伝導バルク磁石の着磁技術の構築である。岡氏らは高温超伝導バルクを使ったモーターを開発する過程で着磁技術の必要性を痛感したという。超伝導モーターの試作は市販のモーターを流用し永久磁石を高温超伝導バルクと置き換え、冷却・真空装置を追加することで行われたが、最大の問題点が液体窒素温度に冷却した高温超伝導バルクを如何にして着磁するかである。当時、静磁場中冷却以外の手段による着磁は上可能であると考えられていたが、岡氏らは超伝導状態にあるバルク体にパルス電流を使って着磁するパルス着磁法を考案した。実際、パルス着磁法は有効であり、超伝導モーターはトルクと回転数が比例関係となるなど、通常のDCモーターと遜色のない機能を示した。この成果は動作温度の低下や、パルス着磁の高効率化など永久磁石を上回る発生磁場を実現すればモーターの小型化に直結することを意味している。

 さらに高温超伝導バルクへの効果的なパルス着磁法についても言及した。超伝導バルク表面にホールセンサーやピックアップコイルをバルクの中心部から外側にかけて複数個取り付け、77 Kでパルス着磁すると、磁束の時間応答から磁束は外側から内側へ侵入していくことを確認した。捕捉磁場の増大を狙い、より低温での着磁も試みられている。その結果、35 Kで4.3 Tのパルス磁場で3 T以上の捕捉磁場を実現している。ゼロ磁場冷却の場合、試料中心部に到達する磁場の大きさは外部磁場の1/2であるため、これは理論値より大きいこととなる。この理由はパルス磁場印加時の発熱により、バルク内部に磁束の侵入しやすい領域が出来るためだと解説している。実際、パルス着磁時のバルクの温度変化についても調査を行っており、バルク外周部ではパルス磁場印加により温度が瞬時に上昇しピークを示した後低下する振舞いを示した一方、中心部では温度が徐々に上昇しながら最終的に外周部の温度に漸近することを見出している。このような知見を生かして現在提案されているパルス着磁の方法として、一定温度で印加磁場を段階的に上げた後段階的に下げるという複数回の磁場印加を行うIMRA法や、高温で二度磁場を印加した後、低温でさらに磁場を二度印加するという藤代らによるMMPSC法(図1)が提案されている。最新の研究成果としてMMPSC法により5.2 Tの着磁に成功していることを紹介した。さらに大きな捕捉磁場を実現するための研究も現在進められているとのことである。

さらに話は高温超伝導バルク磁石の応用へと及ぶ。図2に示したように高温超伝導バルク磁石はコンパクトで強磁場という永久磁石とも超伝導ソレノイド磁石とも違う特徴を持っており、これを生かせる新しい応用分野を岡氏らは開拓している。まず、磁場発生機としての利用が挙げられる。上述のような直流モーターへの利用の他、永久磁石の着磁用磁石などへの用途を想定している。この場合の利点は着磁に対する設計の自由度を高められることである。また、岡氏の研究室では磁気分離への利用に関する研究も進めている。磁気力を増強させる磁性フィルターと組み合わせて利用することで磁性の弱い物質でも高効率での分離が可能となっている。次に挙げたのが、マグネトロンスパッタ成膜装置へ応用である。この成果は高温超伝導バルク磁石の応用として象徴的なものであり、高速成膜による生産性の向上、高真空化や基板ターゲット間隔の拡大による多層膜の膜質の向上、磁性体の成膜が可能になるといった多くの実用的利点を示した。さらにミキサーや非接触スピナーへの利用も考えられ、実際に試作されている。この利点は超伝導バルクが磁束を捉えるという性質を活かし、非接触式の軸受として容器内への上純物の混入防止などが可能となることである。このように高温超伝導バルクは様々な応用の可能性が示され、またソレノイド磁石とは異なり小型であり且つ磁場勾配が大きい特徴を活かした今後の研究が注目される。             

  


図1 MMPSC法による着磁

図2 様々な磁石の装置・価格と発生磁場の関係

(東京大学:山崎裕也)