SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.17, No.2, April. 2008

8.「二重ギャップ超伝導《の典型物質を発見 _高エネ機構・物構研、青山学院大_


 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所および青山学院大学の共同研究グループ(門野良典、秋光純、他)は、比較的高温で超伝導状態を示すことが知られていた金属炭素化合物Y 2C3(3/2炭化イットリウム)およびLa2C3(3/2炭化ランタン)について、いずれも1つの物質中で2つの異なる超伝導状態が共存している「二重ギャップ超伝導《と呼ばれる状態にあることを示すとともに、YをLaに置換することにより共存する2つの超伝導状態間の結合が劇的に変化することを明らかにした。

 2001年、MgB2(2ホウ化マグネシウム)が約40 Kという高い温度で超伝導状態になることが青山学院大学の秋光純教授のグループによって明らかにされ、McMillanによって理論的に示唆されていた「BCSの壁《があっさり崩れたことはいまだ記憶に新しい。MgB2の発見以来、同じような「軽元素ネットワーク型金属《は、銅酸化物とは別の「高温超伝導《へのルートとして再び注目を集めている。炭素やホウ素などの軽い元素が形成する硬い結晶格子は強い電子・格子相互作用を予想させ、それによる大きな超伝導ギャップを期待させる一方で、同じ相互作用により電子が局在化するという限界(=「BCSの壁《)への恐れも大きく、従来そのような系統の物質探索は低調だったが、今やその点に限っては状況が変わったと言えるだろう。ここで取り上げるLn2C3(LnはYもしくはLa)もそのような物質の一つであり、超伝導転移温度がLnの正規化学組成からのわずかなずれによって大きく変わることに秋光グループが注目し、この数年来研究していたものである。

 ところで、MgB2発見後しばらくの間その超伝導状態の理解に少なからぬ混乱をもたらした原因として、「二重ギャップ超伝導《という現象がある。二重ギャップ超伝導とは、1つの物質中で2種類の超伝導状態が共存していることを意味し、複数のバンドが超伝導に寄与している場合に起こると考えられているが、そのような状態がどのような形で目に見える超伝導の性質として現れるかについては非自明な点も多く、超伝導現象を深く理解する上でも重要なテーマと考えられている。

今回の研究では、Y2C3(Tc~15 K)の超伝導が二重ギャップであることを示唆するNMRの結果をふまえ、対照物質としてのLa 2C3(Tc~11 K)もふくめ、これら2つの炭化物の超伝導状態についてミュオンスピン回転法(SR)を用いて超流体密度の温度依存性が詳細に測定された。その結果、図1に示すようにいずれの物質においても単一のs波超伝導ギャップを持つ場合とは異なる振る舞いが観測された。特にLa2C3においては、2つの超伝導状態に対応して超流体密度が温度に対して階段状に変化する様子が明瞭に観測された。一方、Y 2C3の場合には明快な階段状の変化は観測されないが、低温(T/Tc<0.4)でも超流体密度が温度の低下とともに増大し続ける、というMgB2と大変よく似た振る舞いを示すことが明らかになった。これら超流体密度の温度依存性を現象論的な二重ギャップモデルを用いて詳しく解析したところ、両者の振る舞いの違いが主に異なる超伝導ギャップをもつ2つのバンド間の結合(2つの超伝導状態の間を電子が相互に飛び移る頻度)の大きな違いによるものであることが強く示唆される結果になった。二重ギャップそのものの微視的な起源はまだ明らかになっていないが、MgB2以来多くの研究者の関心を集めつつも謎が多かった二重ギャップ超伝導という現象について、このような典型物質が発見されたことによりその理解が大きく進むものと期待される。

 今回の結果について、東京大学大学院理学研究科の青木秀夫教授は、「ミュオンスピン回転法によってここまで明確に二重ギャップ超伝導を示す物質を見つけることができたことに深い意義がある。希土類のYとLaの違いが超伝導の現れ方に大きな違いをもたらすことがわかったこともきわめて興味深い《とコメントしている。 (なお、詳細についてはKuroiwa et al., Phys. Rev. Lett. 100, 097002 (2008)を参照されたい。)

  


図1 μSRによって測定された磁束格子状態によるスピン緩和率σvの温度依存性。σvは超流体密度に比例する量。図中の実線は現象論的な二重ギャップモデルによるフィットの結果、表はそれによって得られた超伝導パラメーター、また付帯図はモデルから予想されるそれぞれの秩序変数の温度依存性。

(De-Bussei)