SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.17, No.1, February. 2008

6.《コラム》2008 年新春巻頭言


 昨年日本では記録的な猛暑に見舞われました。世界的にも洪水、暴風雨、熱波、寒波などの異常気象現象が例 年より多く発生したと国連も報告しています。今年はどうなるのでしょうか?多くの専門家は、人間活動による CO2 排出が地球温暖化をもたらし、その結果海面上昇や砂漠化など地球上の自然現象にさまざまな悪影響を及 ぼしていると指摘しております。そうであれば、世界が一致協力して一刻も早く対応策を講じるべきでしょう。 しかし、昨年暮れにインドネシア・バリ島で開催されたCOP13 でも、ポスト京都議定書という重要な議題にも かかわらず、国同士の利害関係がからんで議論がなかなか噛み合わず非常にもどかしい会議の進行でした。今年 の7 月には洞爺湖でサミットが開催される予定で、地球温暖化が主要な議題になるようです。是非、日本の環境 の取り組みをアピールして、強力なイニシアティブをとってもらいたいと思います。

いずれにしても限られた地球の中で資源・エネルギーを効率的に利用していくことは、これから人類が生き延 びていくうえには必定のことです。エネルギーを電気という形で利用する限り、超伝導というのはエネルギーの 効率的な利用にとって神から与えられたと言っても過言でない理想的な現象です。CO2 排出削減をめぐる国同 士の葛藤は別にしても、私たち超伝導研究者はこのすばらしい現象を、一刻も早く人類の役に立つよう真摯に努 力していくべきものと思います。

しかし、20 年前の超伝導フィーバーを頂点として、その後環境・エネルギー対策の中での超伝導の立場は正 直いって相対的に次第に陰が薄くなってきた感じは否めません。それはやはり超伝導使用によるメリットと、線 材コストや冷却コストから来る経済性との両立が難しいというのがネックになっているからでしょう。このこと は、生き残るために利潤を追求する企業にとってはもっともな話だと思います。しかし、地球上の限られた資源・ エネルギーを有効に利用するために、“やはり超伝導だ”という時代は必ず再び来るはずです。

もちろん、室温超伝導が出現すればこのことは一挙に解決できます。昨年の万能細胞の大発見に刺激されて、 超伝導でも誰かが奇跡を起こしてくれれば良いのですが、こればかりは予想がつきかねます。しかし、奇跡を待 たなくとも、私たちは現在与えられている既存の超伝導材料がまだまだ大きな潜在能力をもち、私たちはその能 力をごく一部しか引き出していないことを深く思い起こす必要があります。30 年以上前に実用化されたNb3Sn 線材さえいまだに高磁場特性は徐々に改善されており、酸化物高温超伝導体やMgB2 に到っては理想的な特性 にはまだまだ程遠いのが現状でしょう。

言い換えると、酸化物高温超伝導体やMgB2 は特性改善の余地はまだ非常に大きく残されています。もちろ ん、こういった方向での努力は多くの研究者によって成されていますが、決定的な改善には到っていないのが現 状です。その理由が何であるか、理論や基礎物性の研究者と材料開発の研究者が互いに緊密な連携をとって研究 していく必要があります。約半世紀前に電磁現象やピン止め概念の確立と線材組織の制御が見事に調和して、実 用的なNb-Ti やNb3Sn 線材が生み出された歴史が、新しい超伝導材料にも再現されることを期待したいところ です。結晶構造が複雑であることや電磁現象も含めて超伝導現象自身がまだ完全に理解されていないことに加え、 プロセスや得られる組織の複雑さが昔より解決をはるかに困難にしていることは確かです。物性屋と材料屋が今 よりもっと緊密な連携を保ちながらこの困難に立ち向かい、是非新たなブレークスルーを生み出す必要がありま す。物質探索や応用機器開発は目標が具体的で分かりやすく大きなプロジェクトを組み立て易いかも知れません。 しかしその間を結ぶ、相図、ピン止め、組織評価、合成・線材化・薄膜化などの基礎研究と材料開発は、研究自 身が地道であることと個々の研究者の個性もあって、総合したプロジェクトを立ち上げるのはなかなか難しいか もしれません。誰かが是非強力なリーダーシップを発揮して戴ければ良いのですが。

これらの点を地道に解決する努力をしていけば、特性の改善された線材、薄膜等を使用した説得力のある実用 性をもった応用機器が次第に多く試作され、その結果として社会からの超伝導の認知度も次第に向上していくは ずです。そのためには、いずれにしても月並みな言葉ですが、長期的で息の長い研究が必要で、国からの持続的 なバックアップが必要上可欠です。関係者のご理解とご支援とを切に望むものです。このような観点で昨年度(2007 年)を振り返ってみますと、比較的収穫のあった年ではなかったかと思います。

例えば、ビスマス系2223 線材のI c が加圧焼結によって組織が大幅に改善されて200 A を超える大幅な改善が得 られたことや、またイットリウム系Coated Conductor の長尺化の大幅な進展は、地道で力強い材料開発がよう やく大きく芽を出し始めた証拠で、超伝導応用にとっても非常に勇気付けられ、かつ大きな希望を与えた成果と 言えるでしょう。

今年(2008 年)もこれらDI-BSCCO 線材のI c 値や、イットリウム系Coated Conductor のIc x L値がさらに更 新されていくのは確実でしょう。さらに新参のMgB2 線材の開発も、酸化物に劣らぬスピードで開発が進めら れています。今年はこれらの線材を使って、従来より格段に性能の良い応用機器が出現するものと期待していま す。

私は、いわゆる低温超伝導材料の時代から35 年近く、線材開発を中心とした超伝導材料の開発の研究を行っ てきました。超伝導は、理論、材料物性、線材・薄膜開発、応用と非常に幅広い分野にまたがり、しかも基礎か ら応用までのストーリーが一貫していて、他に例の無いほどまとまりの良いコミュニティーだと思います。その ため、超伝導の広い分野にわたって友人ができ、楽しく研究を行ってきました。今後も、超伝導コミュニティー としての結束を固くして研究を続けていくことが超伝導全体の持続的発展のためには必要で、引き続き本誌がそ の一つの役割を担って戴けることを期待しております。

                               

物質・材料研究機構:戸叶一正