例えば、ベドノルツ・ミュラーにより最初に発見されたLa2-xBaxCuO4は、母物質のK2NiF4構造(=八面体六配位構造、略称T構造)La2CuO4のLa3+をBa2+で置換した「正孔ドープ超伝導体」(Tc~ 30 K、Tc: 超伝導臨界温度)である。逆に、La2-xCexCuO4は、母物質のNd2CuO4構造(=平面四配位構造、略称T’構造)La2CuO4のLa3+をCe4+で置換した「電子ドープ超伝導体」(Tc~ 30 K)である。正孔・電子ドーピングいずれによってもTc~ 30-40 Kの超伝導が発現するため、高温超伝導体を「ドープしたモット・ハバード絶縁体《とみなす描像が広く支持されてきた(図1)。
研究チームは、過去(2003年)に、平面四配位構造T’-La2CuO4のLa3+を同価数のRE3+ (RE:希土類元素)またはY3+で置換したT’-(La,RE)2CuO4、T’-(La,Y)2CuO4の超伝導化に成功し、「ノンドープ超伝導体《と命吊した(A. Tsukada et al., Solid State Commun. 133 (2005) 427)。しかし、この成果は、ベースとなるT’-La2CuO4の生成に高度な分子線エピタキシー技術を要するためごく最近まで他機関で追試がなされなかったこと、及び、酸素欠搊による電子ドープの可能性が払拭できなかったことなどが理由となり、その意義が広く認知されるには至っていなかった。
そこで、研究チームは薄膜作製法としてより簡便な有機金属溶液を用いた塗布熱分解法を採用し、さらなるノンドープ超伝導体の探索を進めてきた。その途上で、従来は絶縁体と考えられてきたT’-RE2CuO4それ自身が超伝導化することを発見した(図2)。現在までに、Pr2CuO4、Nd2CuO4、Sm2CuO4、Eu2CuO4、Gd2CuO4の超伝導化に成功しており、現在T’-La2CuO4の超伝導化に挑戦している。
母物質T’-RE2CuO4は、電子ドープ超伝導体(RE,Ce)2CuO4、(RE,Th)2CuO4の発見された1989年以来、類似のT-La2CuO4と同じく電子相関の強いモット絶縁体と考えられてきた。T-La2CuO4は紛れもなく絶縁体であるが、T’-RE2CuO4の物性は頂点位置の上純物酸素に大きく影響されるため、上純物酸素の除去なくしては本系固有の性質に到達できないと内藤教授らは考えてきた。今回の発見も、D1の松本理君が中心となって試行錯誤の末に発見した低酸素分圧焼成という新しいプロセスによって、上純物酸素がほぼ完全に除去されたことが決め手となっている。上純物酸素というベールを剥ぐことにより、T’-RE2CuO4の真の姿(=超伝導体)が現れたと研究グループは考えている。 ノンドープ超伝導体T’-RE2CuO4は従来の電子ドープ超伝導体T’-(RE,Ce)2CuO4より歴然と高いTcを有する。電子ドープNd2-xCexCuO4の最高のTcはこれまでx = 0.15でTc = 24 Kであるが、ノンドープNd2CuO4は予備的な段階でTc = 33 K(T’銅酸化物の中で最高)を記録している。また、電子ドープGd2-xCexCuO4は超伝導化しないが、ノンドープGd2CuO4はTc = 19 Kの超伝導体である。図3に、各REに対して電子(Ce)ドープとノンドープの場合のTcを比較した。RE = Prを除き、約10 K又はそれ以上高い。
研究チームが自ら指摘するように、今回の新超伝導体T’-RE2CuO4が真にノンドープか否かを見極めることは、超伝導発現機構解明や今後の材料探索戦略において、極めて重要である。第一世代のノンドープ超伝導体T’-(La,RE)2CuO4はバルク合成困難なため酸素上定比も決め難く、ノミナルにはノンドープだが「真に《ノンドープであることを示す決定的な証拠が得られなかった。一方、今回のノンドープ超伝導体T’-RE2CuO4はバルク合成も可能で、化学分析による酸素量定量や、将来的には精密な中性子散乱により酸素サイト毎の占有率を決める研究も視野に入る。ノンドープ超伝導が確立すれば、過去20年間に築かれた高温超伝導体を「ドープしたモット・ハバード絶縁体《と捉える描像を根底から見直さざるを得ない。理論分野に新たな刺激を与える事は確実である。一方、低迷している材料探索には新風を吹き込むはずで、今回の発見が室温超伝導体に向けた新展開のスタートとなればと研究チームは考えている。
(Guardian)