SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.16, No.4, August. 2007

9.2007年度 第1回 磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会報告


去る2007年7月31日、東京大学において、低温工学協会2007年度第1回「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会《が開催された。磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会は、本年度から発足した研究会で、磁場を利用する新磁気科学分野の動向や磁場発生にかかわる低温工学分野との橋渡しを行ない、新磁気科学分野に還元して行くことで相乗効果を得よう、という趣旨に基づき行なわれるという。第1回は、水の磁気浮上をNatureに報告したことで知られ、強磁場利用研究の第一線で活躍される、フランス国立科学研究センター(CNRS, Centre National de la Recherche Scientifique) 先進技術創出研究機構(CRETA, Consortium de Recherches pour l'Émergence de Technologies Avancées)のディレクターであり、また、ジョセフ・フーリエ大学教授(国際担当副学長)のEric Beaugnon教授をお招きし、ご講演をいただいた。今回のご講演では、まず、冒頭でCRETAの紹介、保有する超伝導磁石群や、強磁場中で利用するための装置類の紹介がなされ、その利用の一例として、RE123系バルク超伝導材料のプロセッシングなどのトピックスが示された。その後、以下の内容に関して、より詳細な議論がなされた。

・ 超伝導磁石中に浮上させたエタノール液滴の多体挙動

・ 磁場によるCo – Sn 合金中のCo相分散状態に対する影響

・ 磁場による鉄のオーステナイト相からフェライト相への相転移に対する影響

 まず、超伝導磁石中に浮上させた二つ以上の液滴が示す挙動に関しては、多くのムービーを交えた紹介があった。例えば、磁気浮上条件を満たす強磁場下で2本のキャピラリーを使用して液滴を2つ同時に形成し、キャピラリーを取り去ることで液滴を切り離すと、2つの液滴が互いに何度も接するものの、なかなか結合しない様子が紹介された。さらに、1液滴を磁気浮上させ、側面から空気を吹きかけることで、液滴の中心鉛直線を軸として回転させたのち、浮上液滴と同一平面で、ボア軸から少し離れた位置に設置したキャピラリー先端に第2液滴を形成し、浮上液滴と接触させるようにすると、やはりなかなか結合しないものの、接触によって次第に回転が遅くなってゆくのが観察される。液滴界面での接触状態をさらに評価するため、液体に微量の電解質を溶かして、2本のキャピラリーを使用して、それぞれの先端に液滴を形成し、接触させたところ、互いに界面を接して、バウンドしているように見えても、電気的な導通は得られず、液滴の結合が起こったときにのみ、電気が流れた様子が示された。これらの現象のメカニズムはまだ明らかとはなっていないようだが、マランゴニ対流や液滴表面からの蒸発による液滴同士の接触の阻害、液滴表面の溶液の動きによる合体の阻害、といった要因が考えられるという。

次に、Co*Sn合金の溶融凝固後にアニールした際の組織に対しての磁場の影響について紹介があった。実験に用いる試料は、はじめ、コールドクルーシブルを使って急冷して作られる。これを超伝導磁石内に設置した電気炉中で、0, 7, 16 Tの条件下、970 ℃で48時間アニールしたのち、断面の組織を観察する。アニール温度はコバルトのキュリー温度以下となるため、常磁性合金中に強磁性の固体が分散している状況でアニールが行なわれることになる。組織観察の結果、熱処理前は、急冷されているため微細な組織が得られ、サブミクロンオーダーのラメラ構造が見られるが、熱処理後は、析出したCoドメインの成長が起こり、回転楕円体形状の粒となった。磁場方向に平行に切断した断面を見ると、回転楕円体粒の長軸方向の分布に磁場影響が見られ7 T、16 Tと磁場を強くするに従い、磁場と平行な垂直方向に長軸が揃う。この結果をBeaugnon氏は、磁場が物質の固体内での拡散に影響を与えていると考え、そのメカニズムを考察した。

第一の仮説は、反磁場によって、Coドメインが磁場の方向に歪むというものである。反磁場の影響を避け、回転楕円体形状になると、表面エネルギーが増大することを意味しており、これら2要素の競合により、ドメインの形状が決定される。エネルギーミニマムを与える長軸と短軸の比を計算すると、確かに、磁場方向への伸長が説明できるが、この効果は低磁場で飽和してしまうと考えられ、実験で見られたような磁場強度の増大による配向の進展は説明できない。第二の仮説では、磁気トルクが考慮された。2日間のアニールを実施しているので、拡散によりドメインが回転しても良いと考えられるが、この効果もやはり飽和するため、実験事実を説明できない。すなわち、この現象を説明するためには、高磁場でも飽和しない、何か別の機構を見つけなければならない。そこで、第三の仮説として、オストワルト成長とCoイオン拡散に対する磁場影響が考慮された。オストワルト成長を考えると、大きな粒、すなわち曲率半径が大きい場合、はアニールにおいて成長し、小さな粒は溶解または吸収されて消失する。すなわち、Coの回転楕円体粒の異方性が解消する方向に粒成長が進むはずである。しかし、Co回転楕円体粒は強磁性のため、長軸末端周囲では磁場分布が変化していることで、Coイオンの拡散を磁気力により抑制できると期待される。先端の曲率を保ちながら、粒成長が起これば、結果として、磁場に沿った方向に伸長した回転楕円体形状のドメインが得られると考えられ、この効果は磁場に対して飽和しないはずで、この現象を説明できる可能性がある。もう一つ、別の可能性として、拡散係数に異方性がある場合についての考察が示された。ここでは、Coの拡散に異方性がある場合に、組織がどのようになるのかについて2次元のモンテカルロシミュレーションを行なった結果について紹介された。縦方向の粒子が交換される確率を基準とし、横方向の粒子が交換される確率を変化させて粒子の移動確率に重みをつけることで、拡散の異方性が与えられた。その結果、条件次第では、粒に異方性が生ずるという。しかし、短時間の計算では異方性がある粒も、長時間の計算では等方的になることが示された。つまり、平衡状態では形状効果が観測されず、過渡的状態で異方性が生ずるという。磁場中で拡散が抑制されるといった報告は過去に見られるが、磁場によって拡散に異方性が生ずるということはまだ知られていない。Beaugnon氏も、これは試みとして、拡散の異方性を考慮したときに粒成長にどのような影響を表れるのを見ただけである、と断っていた。Co*Sn合金のアニールにおいて観測されたCo粒の異方的な成長のメカニズム解明にはさらなる検討が必要なようである。

最後に、磁場による鉄のオーステナイト相(常磁性)からフェライト相(強磁性)への相転移に対する影響について紹介された。強磁場下においては鉄の相転移温度が上昇するとともに、析出したフェライト相の粒径も変化するという。770 ℃(0 Tにおけるキュリー温度)以上でオーステナイト相にした鉄をキュリー点以下で2時間アニールすると、フェライト相への転移が起こる。この転移の体積分率は印加磁場によって変化し、無磁場下においてはフェライト相がほとんど析出しないような条件下においても、16 Tの強磁場を印加することにより、かなり多く(50%程度)のフェライト相を得ることが可能になる。これは、磁場を印加することで強磁性体であるフェライト相の自由エネルギーが変化し、転移温度が上昇したためであると考えられる。

 また、アニール時間を15時間程度まで長くした結果、強磁場下では、

・ フェライト相は印加磁場によって規定される一定の体積分率まで非常に早く析出する

・ 析出したフェライト相は、無磁場の場合と比べ、粒径が小さくなる

ことが示された。この効果は、例えば16 Tの磁場を印加した場合には、アニール温度を750 ℃にしてもフェライト相の析出がはっきりと現れ、磁場による影響が明らかな(ただし、同温度においては、10 Tの磁場を印加しても明らかな影響は観察されない)程度の大きさがある。この結果により、材料の相転移を制御するパラメータとして、温度や圧力以外にも、磁場強度を利用できることが示唆された。

 以上のような講演に対し、本研究会では、結果の解釈を中心に質問が行なわれた。例えば、鉄の相転移におけるフェライト相の分散に関して内部の微小な濃度分布が影響しないであろうこと、また実験系においては析出した粒の回転・拡散が完全には自由に行なわれないために数値計算結果との間に違いが生じていると考えられることなどが解説された。今回の研究会では、磁場による物質の制御に関する様々な研究が紹介され、材料分野における磁場応用化研究の一端を知ることができる、非常に有意義なものであった。今後、本分野における一層の研究の進展が期待される。

                            1) Beaugnon E., Fabregue D., Billy D., Nappa J., Tournier R. Phys. B 494-495(2001) 715-720.

2) Beaugnon E., Arras E. J. Phys. 51(2006) 439-445.

   (東京大学 : 田中 良)