SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.16, No.4, August. 2007

8.ビスマス系高温超電導線材”第32回井上春成賞受賞


「井上春成賞《は新技術開発事業団(科学技術振興機構の前身)の創立15周年を記念して、同事業団の井上春成初代理事長の業績に鑑み創設された賞で、大学、研究機関等の独創的な研究成果をもとにして企業が開発、企業化した技術のうち、日本の科学技術の進展に寄与し、経済の発展、福祉の向上に貢献が顕著であるもの年2件程度に対して与えられるものです。今回は”ビスマス系高温超電導線材”(研究者:前田弘 物質・材料研究機構特別吊誉研究員、開発企業:住友電工㈱)が受賞し、さる7月11日、経団連会館にて贈呈式が盛大に行われました。

以下は受賞者のコメントです。

物質・材料研究機構 特別吊誉研究員: 前田 弘

「苦楽の19年間《 

私たちの発見から19年、漸く、高性能のBi系超伝導線材等が企業化され、それを用いた応用展開がなされるようになってきています。漸く世の中の役に立つようになったのかと感無量です。発見当初は、電流が流れなくて使い物にならずと蔑まれてきた物質がです。それを、何事もやってみなければの精神で、何が何でも日本で生まれた材料を物にしたいとの一念で、実用化に向かって研究開発に取り組んでくださった多くの方々、特に日本の研究者の方々に心から感謝申し上げます。今そのうれしさをかみ締めています。と同時に、ほっとした気分に浸ってもいます。と言いますのも、この19年の間、ずっと私を悩み続けさせてきましたもの*それは:この課題には私達も含めて莫大な予算と人を使い、実用化に向けて邁進してきました。もしこれが無駄に終わったら、世間様にどう申し開きができるのか? と。いま漸くこの呪縛から開放され、本当に発見してよかったのだな(?) と心から思えるようになってきました。懸案となっていましたアメリカでの特許もこの春漸く成立しました。19年かかってです。今の特許法だともう半年の命ですが、幸いなことに旧法が適用され、決定から20年有効。これから多いに利用され、特許補償金が、がっぽがっぽ入ってくることを願っていますが、さて?  最も苦労しましたのは、特許*特にアメリカ特許。米国の先発明主義に泣かされたことも。実際に発明した日が決め手になるのは、自国アメリカ人に対してのみであり、外国人対しては出願日をもって発明の日とすると規定されています。時には、この差が問題を引き起こします。私たちが体験した一例を示しましょう。私たちの特許出願は1988年1月19日で、22日には各紙朝刊には大々的に掲載されるとともに、論文(JJAP)も受理されています。後で知ったのですが、同じような内容の論文が26日にはもうアメリカから投稿されています。4日後です、驚嘆。当時のフイーバ振りが想像されましょう。その論文 (C.W. Chu et al.: Phys. Rev. Lett. 60 (1988) 941)の中の一文が特許審査の初期の段階で問題になったのです。その一文とは、[The samples investigated survived repeated thermal cycling for two weeks without any sign of degradation.]。 もしこの記述が本当ならば、遅くとも1月12日にはBi系超伝導体を発見していることになり、当然特許上は向こうが優先することになります。この指摘には、当時発行されていた、Superconductor Week, Vol. 2, No.5 (Feb. 1, 1988) の次の記事を示し、反論した。[There is some reason to believe that the Chu group’s effort may have basically duplicated the Japanese research, at least for these particular materials. Chu assistant Mike Albert told us the University of Houston team had worked around the clock from Jan. 22, the date the Maeda findings first appeared in the Japanese press, to Jan.25, when the compound was unveiled publicly by Chu group in the United States. Chu, who reads Japanese, had a copy of the press report, which was written up in the Japanese Enonomic News, According to Albert.]。 それにしても、たったの4日で 試料を調製し、特性を評価し、さらに論文にまで仕上げるとは、常識では考えられない、と。これに対しては、北沢宏一先生が当時の科学技術庁材料研究室(朊部、影山、塚本氏)に宛てた1月24日付きのFax手紙を使わせていただきました。要旨を再録しますと、[金材研の大成功本当におめでとうございます。1月23日までにはわたくしの所でも、また青山学院秋光先生、あるいは電総研井原氏の所でも115 K付近まで間違いなく超電導であることが追認されました。] これに、3氏の宣誓書を付けて提出し、この問題にけりをつけることができました。その後もいろいろなことで多くの人に助けていただきました。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。私個人としましては、予備審査会にも、特許裁判にも立ち会い、貴重な経験をさせてもらいました。もう十分です。これで心置きなく引退することができます。が、一つだけやはり気になります。室温の超伝導体が出ないのか?な。と 副賞として研究奨励金をいただきましたので、それに見合う貢献をとも。もう老骨には強い鞭は打てませんが。

本当にありがとうございました。皆様の今後のご活躍を祈念申し上げます。

住友電工 材料技術研究開発本部: 佐藤 謙一 氏

住友電工では、ビスマス系超電導材料の発見された1988年より前田博士らのご指導も得てビスマス系線材開発に注力してきた。科学技術振興機構からは、前田博士らの特許を原権利とした「委託開発制度《で「長尺線材の製造方法《の開発も実施しました(1991-1995)。 

しかしながら、①6元素系であり3種類の超電導の化合物、10種以上の超電導ではない化合物が出現し、均一化が難しいこと、②セラミックスであるため、ぜい弱であること、③超電導電流が2次元平面でしか流れないこと、などの困難に直面して、開発は苦難の道のりでありました。幸いにも1999年に着想して5年の歳月をかけた加圧焼成法の完成により、2004年から、コマーシャルベースで世界最高性能のビスマス系超電導線を世の中に提供できるところまで進展させることができ、材料サイドの準備が整いました。

ビスマス系高温超電導線材は、電力送電分野にとどまらず、リニアモータ、船舶用モータなどの輸送分野、MRI、NMRなどのライフサイエンス分野にもアプライできる革新的な線材であり、今回の受賞を励みとして、日本発の材料と日本発の製造技術・システム技術で持続可能な社会へとさらなる夢の実現に向けて取り組んでいきます。


図1 贈呈式でのスナップ。前列左側から受賞された西村氏(住電代表)、前田氏(物材機構)。