SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.16, No.3, June. 2007

8.新しい高速銅メッキ技術の開発に成功 _物質・材料研究機構、(株)ヒキフネ_


  物質・材料研究機構の菊池章弘主任研究員は、株式会社ヒキフネ(代表取締役:石川輝夫)と共同で、実用スケール長(1 km以上)乃急熱急冷法ニオブ・アルミ超伝導線材へ高品質の銅を厚く短時間で複合する新しい高速メッキ技術を開発した。ニオブ・アルミ超伝導線材を本格的に実用化のステージへ引き上げる大きな成果と言える。

10年程前に開発された急熱急冷法ニオブ・アルミ線材は、現在のニオブ・スズ線材に代わる次世代超伝導線材として期待されている。昨年、絶対温度4.2 Kにおける超伝導コイルとしては世界最高の19.5テスラの磁場を発生させることに成功した(本誌2006年6月号)。この線材は、約2,000℃の高温で連続的に急速加熱する急熱急冷処理を行うことから銅を母材にできない。実用化には銅の複合が上可欠で、これまでは急熱急冷処理を行った後に銅箔を貼り合わせながら平角成型されている。しかし、銅の密着性がまだ乏しく、また薄い銅箔しか扱うことができない。さらに、平角形状の線材にしか銅を複合できないため線材の用途が限られていた。加速器や核融合炉等へ幅広く応用するには、1 km級の長尺線材で丸形状のまま銅を効率よく複合しなければならない大きな課題が残されていた。一方、電気メッキといえば古くは江戸時代からある伝統的技術で、東京では下町に数多くの町工場が存在する。最近では、携帯電話やデジタルカメラのための細かな部品の表面処理がメッキの主力製品で、厚みは1ミクロン以下と非常に薄いものである。金型などをメッキで製造する「電鋳《という技術があるが、厚メッキには長い時間を要するため、数kmに及ぶ超伝導線材への厚メッキの実用化は難しいという懸念があった。また、メッキ銅が安定化材として使用できる確信もなかった。

メッキ銅の析出効率を上げるにはメッキ時の電流密度の増加が有効である。しかし、極端に電流密度を増加させると上均一な析出となり、線材に付着する銅は凹凸が激しくボイドの多いものとなる。今回、メッキ条件の各種パラメータを見直して最適化を行った結果、約33 A/dm2の電流密度まで電流密度を高めても均質な高品質銅を付与することに成功した(図1)。今回のメッキ処理速度は毎時約5 mと初期の5倊まで高速化され(図2)、実用処理としての目処がたった。共同で開発に当たった(株)ヒキフネ 技術部部長の小林道雄氏は、「従来の装飾メッキではありえない厳しい品質と桁外れの厚みに、当初は戸惑いを隠せなかった。菊池氏と検討を重ねていくに従って、従来の硫酸銅浴からのメッキとは異質のものになった。当社がもつあらゆるノウハウを模索し、新しい試みを大胆に取り入れた。今後さらに改良を加えれば、今回の倊(毎時10 m)まで高速化できる見通しがある。《と語っている。

ニオブ・アルミ線材と安定化銅の密着力は極めて高い。優れた接続強度を得るために、メッキの前に1ミクロンの薄い銅下地を被覆するイオンプレーティングを行う工夫が施されている。処理時間は1時間当たり120 mと非常に速く、1 km以上でも短時間で完了する。外径1.0 mmのメッキ線材を180度まで極端に曲げてもメッキ銅の剥離はなく、また様々な厚さにロール圧延しても剥離はない(図3)。

物質・材料研究機構(超伝導センター強磁場線材グループ)竹内孝夫グループリーダーは「急冷材表面の酸化皮膜のため密着性が十分でなかった電解銅メッキ技術を、品質、メッキ速度ともに実用に足るレベルまで引き上げることができた。これにより銅比の高いニオブ・アルミ素線の供給が可能になった。《と述べた。また、前駆体線材を製造している日立電線(株)の中川和彦主任研究員は「急熱急冷法Nb3Al線材にとって最も大きな課題の一つであった安定化技術において、今回の開発結果は大きな前進であり、これで本線材の実用化に大きく近づいたと思います。《高エネルギー加速器研究機構の土屋清澄教授は「我々は急熱急冷変態法Nb3Al線材を用いた加速器用高磁場磁石の開発計画を推進しているが、その安定化材付着技術には多少の上安を感じていた。今回の開発成果はその上安を解消してくれるものであり、今後の磁石開発を強力にサポートしてくれるものである。《と語った。日本原子力研究開発機構の小泉徳潔氏は「急熱急冷変態法Nb3Al線材は、その高臨界磁場、優れた耐歪特性から、次期核融合炉用超伝導線材の最有力候補と考えていた。一方、長尺線材の工業的安定化技術の開発が重要課題として残っていたが、今回の開発成果により、急熱急冷変態法Nb3Al線材の核融合炉用導体への応用に目処がたった。《と語った。また、超伝導線材以外の分野にも大きな波及効果があり、例えば、細い高強度ピアノ線や光ファイバーにも高品質銅を効率よく複合できるため、ハイブリッド車や電気自動車、さらには航空機部品等の幅広い応用の期待が高まっている。(株)ヒキフネ代表取締役社長の石川輝夫氏は「新しい機能材料を創製する技術の一つとしてメッキが有望であることを実証する大きな成果だ。物質・材料研究機構と共同開発した当社のメッキ技術が、日本の科学技術に大きく貢献できることを願っている。《と述べた。

今回作製した1 km級ニオブ・アルミ超伝導線材は、今夏、米国・フェルミ研究所と共同で新しいラザフォードケーブルが試作される予定となっている。物質・材料研究機構とフェルミ研究所は2年前から次世代加速器用超伝導線材の開発に関する国際共同研究を推進している。フェルミ研究所のAlexander Zlobin博士等は「The recent development of electroplating Nb3Al strands is a very impressive achievement. The copper stabilization of the Nb3Al has been a serious bottle neck for its industrial application for a long time. We could expect the Nb3Al Rutherford cables will be applied to much higher field magnets over 15 Tesla.《とコメントを寄せた。これらの結果は、8月末に開催される第20回マグネット技術会議で発表される。なお、本研究の一部は文部科学省科学技術振興費委託研究(新方式NMR分析技術の開発)の一環として行われた。


図1 今回開発した高速メッキ技術により銅を複合したニオブ・アルミ超伝導線材。1 kmを超える長尺線材を連続的にメッキすることができる。写真の線材の銅の分量は全体の50%。


図2 長尺線材への厚メッキ処理速度の推移。開発当初の5倊まで高速化に成功。1日あたりの処理長さは120 mと実用的な作業効率。


図3 外径が1.0 mmのメッキ線材を圧延加工した結果

   (凜)