SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.16, No.2, April. 2007

4.電子ガラス状態発見  _Cornell大、東大、京大、理研、産総研、Sherbrooke大_


 多数の車がひしめき合うとしばしばその流れが停滞するが、電子もまた然り、そんな電子の交通渋滞とでもいうべき状態が生み出す特徴的な模様を直接観測することにCornell大学などの研究グループが成功した。(Y. Kohsaka et al., Science 315, 1380 (2007)) http://people.ccmr.cornell.edu/~jcdavis/mK_stm/publications/domains/index.htm

 車の渋滞は大都市でよく見られるが、電子の交通渋滞の舞台となったのは銅酸化物高温超伝導体。電子相関が強く、ドープされない状態では絶縁体である高温超伝導体は、いわゆるアンダードープ領域においても、良い金属ではないことが知られている。また、同じ領域で、スピンや電荷の空間配置が短距離相関を示す、いわゆるグラス状態の存在が明らかになっている。そして、超伝導はそこで発現し共存することは高温超伝導の発見から間もなくの頃から知られている。しかし、グラス状態におけるナノメートル程度の短距離秩序の具体的な形やその超伝導との関係は、適切な測定手段がなかったことから明らかになっていなかった。

そこで、幸坂祐生博士研究員、C. Taylor氏、A. Schmidt氏、J. C. Davis教授(Cornell大学)、藤田和博博士、内田慎一教授、高木英典教授(東京大学)、東正樹准教授、高野幹夫教授(京都大学)、花栗哲郎専任研究員(理化学研究所)、永崎洋博士(産業技術総合研究所)、Lupien助教授(Sherbrooke大学)からなる共同研究グループは、走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いた実空間での分光測定を行った。一般的に、トンネル微分コンダクタンスは試料の状態密度に比例すると考えられている。しかし、高温超伝導体のような電子相関の強い系においては、その解釈は必ずしも簡単ではない。そこで研究グループは、P. W. Anderson教授 (Princeton大学) らによって提案された、トンネル電流の比 (tunneling asymmetry; トンネル非対称性) をとることで、解釈の複雑さと実験的困難を同時に克朊した。このトンネル非対称性は、電子を取り出す確率と加える確率の比をとることに相当し、探針直下の領域に電子(あるいはホール)がある確率と密接に関連している。

研究グループは、Ca1.88Na0.12CuO2Cl2とBi2Sr2Ca0.8Dy0.2Cu2O8+という2種類の異なる物質を用いて測定を行った。得られたトンネル非対称性の空間分布は2つの物質で見た目には区別が付かないほど酷似しており、そのコントラストは主として酸素サイトにあることが見出された。これら2つの物質は結晶構造やCuO2面以外の化学種などが異なっていることから、これらの結果が共通要素であるCuO2面に本質的なものであり、電子状態は銅-酸素-銅の結合を中心した空間構造をとっていると研究グループは結論付けている。

さらに、研究グループは、その空間構造は、4a0 (a0は銅-酸素-銅距離) の幅を持ち、結晶軸方向を向いた長方形の一軸性ドメイン構造を示すことを明らかにした。これは、いわゆるストライプ秩序を強く彷彿とさせるものとなっている。最近では中性子回折実験や共鳴X線回折実験などからストライプ秩序は結合中心型であることが主張されているが、今回の結果はそれらと矛盾しない。研究グループの幸坂博士研究員によれば、「我々の知る限りにおいて、結晶構造と電子状態の位相関係を含めた内部構造を直接的に観測した初めての結果です。《

しかしながら、「驚くべきことに《とDavis教授が語るように、銅-酸素-銅の結合を中心とした構造は、長距離秩序を示さないことが示されている。すなわち、「ナノストライプ《は常にどちらかの結晶軸に沿って存在するものの、それがどちらを向くかという確率は五分五分である。こうした、短距離秩序を持つグラス状構造は、核磁気共鳴(NMR)・格四重極共鳴(NQR)・ミュオンスピン回転(SR)などによって得られてきた知見と非常によく一致する。このような、2つの方向を持つ「ナノストライプ《が1枚のCuO2面内に共存する様子は、La系銅酸化物における回折実験によって観測されている(長距離)ストライプ秩序とは異なっている。これについて、研究グループは結晶構造の違いが影響していると推測している。

論文では、「ナノストライプ《中における各原子サイトの電子状態も合わせて示されている。一軸性の構造に合わせて、各サイト毎にスペクトルが変化する様子が明確に捕らえられている。低エネルギーに現れる特徴が、それぞれの物質の超伝導転移温度と比例し、超伝導との関連を伺わせるものであると研究グループは指摘している。こうした詳細なデータは理論計算との比較にも適しており、既にいくつものグループが計算を開始している(Davis教授)とのことである。

研究グループの幸坂博士研究員は、今回の結果について、「結晶育成と測定のグループが有機的かつ緊密に連携することで得られた、非常に強い説得力を持つデータだと思います。銅酸化物は上可避的に乱れた系ですが、STMはその中においても本質を抜き出して『見る』ことが可能な手法だと思います。今後は、さらにドーピング範囲を広げることやさらに異なる物質を用いることで、銅酸化物だけでなく、電子相関が強い系において何が起こっていることの理解に貢献できればと思います。《と述べている。

また、同研究グループ東京大学の高木英典教授は「高温超伝導発現の有力なシナリオとして、擬ギャップ相で電子の秩序状態が形成され、これが融解した際に生じる電子の液体もしくは液晶状態こそが超伝導なのだとするモデルがある。いわゆるストライプモデルもこの様なモデルの一つである。今回の成果は、乱れのために隠されていた電子の秩序組織(ナノスケールの短距離ストライプ秩序)を原子分解能で捉えることに成功し、それが物質によらず普遍的に存在することを明快に示したものである。上記のシナリオを検証する上で、極めて重要な試金石となることは間違いない。今後、秩序状態の詳細、例えば電子が単独で秩序を構築するのか、電子対が秩序を構築するのか、といった点が明らかになれば、メカニズムに相当深く切り込めるはずである。もう一つの重要なインパクトは、強相関エレクトロニクス材料の機能の本質を担うナノスケールの電子相を探る上で、STMをどうやって使うのか、新しい方法論を提示したことである。分光イメージングの結果を、物理的な意味が明確な電子状態マップに焼き直す一つのアプローチとして、教科書的な仕事になると思われる。《とコメントしている。

                               

  (ドミノ)