YBCO線材は臨界電流密度(Jc)が高く、安価な液体窒素中(-196 °C)で大電流が流せ、磁場中での通電特性も良好であることからあらゆる超電導機器への応用が可能であり、機器の小型化や省エネの観点から実用化が期待されている線材である。また、この線材は従来のビスマス系酸化物超電導線材と比較すると、銀の使用量が極めて少なく、特性の高さと共に低コストの酸化物超電導線材として期待さている。
今回開発した線材は、長さ200 mのend-to-endの測定で1 cmの幅換算で201 Aの臨界電流値(Ic)を示した。Jcに換算すると2.0 MA/cm2に相当し、従来のビスマス系超電導線材と比べて100倊のJcを持っていることを意味する。線材の構造はハステロイ基材の上にGd2Zr2O7とCeO2の2層を中間層として備えたIBAD基板を用いており、その上に作られた1 m厚の酸化物超電導層形成されているものである。今回の線材に使用したIBAD基板は超電導工学研究所から供給を受けたものである。
今回開発した線材の最大の特徴は超電導膜がMOD法によって作られていることである。MOD法は、有機鎖に金属元素が付いた有機金属酢酸塩を有機溶媒中に混ぜ込んだ溶液を使ったものであり、これを基板の上に塗布した後に熱処理を行うことで超電導体を結晶化させる手法である。原料溶液の開発は、超電導工学研究所が行ったもので、三弗化酢酸塩をベースにY:Ba:Cuの3元素の配合組成を従来の化学量論組成からBaを25%減らして1.5とする事により、Jcが向上する効果の利用を狙ったものである。このMOD法はこれまでの薄膜作製プロセスで多用されている真空プロセスを使わないこと、塗布*熱処理の簡単な工程で作製することができるため原料のロスが極めて低く、高速製造が可能であるという長所を持っており、工業化に適したプロセスと考えられる。
また、熱処理は製造速度を上げるために、世界で初めて一度に長尺の線材を処理することが可能なバッチ式電気炉を使用した。この熱処理炉は、円柱状の炉芯管内部でガスの流れが均等になるよう留意してシミュレーション技術を使って設計したものであり、投入した線材の全長にわたって均一な反応が起こる様に苦心した。バッチ式電気炉は炉内が密閉空間であるため、安定した炉内環境が保たれ、一度製造条件が最適化されれば再現性良く製造が可能である量産向きの電気炉として知られている。今回の開発は、このバッチ式の熱処理方法を使う事により、「超電導応用基盤技術研究開発プロジェクト《の超電導線材製造速度の目標値である5 m/hをしのぐ10 m/hを達成することができた。
これらの相乗効果により、これまで発表されている気相プロセスを使ったものに比べて超電導層の作製にかかるコストを大幅に下げる事ができるようになり、酸化物超電導線材の実用化を加速することが期待される。
既に、両機関はバッチ式電気炉を大型化し、プロジェクトの最終目標である500 mの長尺化に向けての研究開発をスタートしており、この大型化に成功すれば20 m/hを達成することが可能となる。また、もうひとつのプロジェクト目標である臨界電流値300 Aの達成に向けては、短尺線材での特性確認は終わっており、今後長尺化に向けての開発をスタートする。
このYBCO酸化物超電導線材を応用した機器としては、送電ケーブル、モーター、変圧器、電力貯蔵装置などがNEDOのプロジェクトとして開発されており、搊失が少なくCO2削減に寄与する機器として実用化が期待されている。これらの機器の実現に当たって低コストで量産性に優れたこの製造プロセスの開発に目処が付いたことは、今後のYBCO線材の機器応用の進展に寄与するものと期待される。
昭和電線では、今後プロジェクトの最終目標である500 m×300 Aの目標達成を目指すと共に、細線化や更なる低コストプロセスの検討など、応用化に向けた製造プロセスの改良が必要だとしている。
(G3M2)