SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.16, No.2, April. 2007

10.2006年度第3回新規磁場応用に関する調査研究会報告


 磁場を利用した材料プロセッシングのパイオニアである、吊古屋大学大学院の浅井滋生教授が低温工学協会2006年度第3回「新規磁場応用に関する調査研究会《において講演された。長年、材料の電磁プロセッシングに携わってこられた経験から、講演は材料電磁プロセッシングの歩みから始まり、最近の研究トピックス、そして、今後、材料電磁プロセッシングが歩んでゆくべき道に至るまで、非常に広範囲にわたる、とても興味深いものだった。

材料電磁プロセッシングは、従来、ローレンツ力を利用するものが中心で、対象としては、溶融状態でも電気伝導性を持つ物質ということから、主として鉄鋼プロセスなどの分野で産業応用が進められてきている。最近では、これに磁化力(磁気力ともいう)を組み合わせて、より高度な制御が検討されているという。講演では、ローレンツ力利用のプロセスとして、溶融金属中からのスラグの除去に関するトピックスが紹介された。スラグは主に金属酸化物であるため、電気伝導性がない。そのため、磁場(0.2~0.3 T)下で電流を流すと電気伝導性のある溶融金属との分離が可能となる。

この他にCold Crucibleや溶湯の電磁バルブの研究が紹介された。Cold Crucibleはチタンなどの高融点反応性材料を溶融させる時に必要な技術である。通常のるつぼ溶解では、るつぼの材料であるアルミナなどが溶融金属と反応してしまうため、外部から交流磁場を与えることによりるつぼと溶融金属が触れないように制御するものである。浮上した溶融金属を毛管現象により鋳型に吸い上げ、複雑な形状を有する鋳物を作製する技術などにも生かされており、1トンにも及ぶ溶融金属の浮上プロセスも実現しつつあるという。最近では、浮上溶融物の安定化を目的として、直流磁場との組み合わせも検討されている。溶湯の電磁バルブは溶融金属流体の制御をねらいとするものである。紹介された研究は溶融ガリウム流体に磁場(4 T)を印加し、溶融ガリウムの通路に垂直に電極を置くことで溶融ガリウムの流れを制御するというものだった。印加電圧により、ブレーキ力の制御が可能になる。講演では、回路構成への工夫など、実用化に向けた道筋も示された。

世界的に見ると、このようなローレンツ力利用の材料プロセッシングの研究は、日本とフランスを中心に進められてきたという。このため、材料電磁プロセッシングに関する国際会議(International Symposium on Electromagnetic Processing of Materials, EPM)は浅井先生主催による吊古屋での第1回(1994年)以降、日仏両国で交互開催されてきた。しかし、近年のアジアにおける急速な経済成長を背景として、最近では、中国や韓国が国家的に材料電磁プロセッシングの研究に取り組むようになり、その裾野が広がってきているという。これを受けて、アジアEPMが定期的に開催されるようになり、また、EPM国際会議も次回第6回は2009年にドイツのドレスデンで開催されるという。

一方、強磁場を利用し、弱磁性物質を対象とする材料プロセッシングでも、日本が世界的にリードしている模様である。浅井先生のご講演では、磁化力(磁気トルクも含めた広義の意味で)の利用に関して、3つのトピックスの紹介があった。

一つ目は、Guoy法を利用した金属の高温プロセス過程における磁化率のその場計測に関するものであった。物質が受ける磁化力の大きさは、物質の磁化率に依存することから、強磁場中に置かれた物質に作用する磁化力の大きさを電子天秤によって計測することで、高温プロセスの過程で時々刻々と変化する磁化率を計測することができる。これを利用すれば、金属の相変態挙動を正確に把握することができるという。実際に、固相-固相変態時に磁化率が測定され、相変態の様子がTime-Temperature-Transformation (TTT)線図にプロットされたものと、従来の方法である熱膨張率測定による計測との違いは非常に興味深いものだった。

二つ目のトピックスは、自然界に存在する構造にならい、同様の構造形成を磁場配向により目指すという話題で、とてもユニークなものであった。機械的弾力性に優れると言われている蛤の貝殻の積層構造に注目し、回転磁場を利用した磁場配向過程を繰り返し行うことでその積層構造の再現を試みている。今のところ、蛤の殻の積層構造に比べて、1層1層が厚いため、機械的弾力性は生じていないとのことだったが、非常に興味深い取り組みであると感じられた。

三つ目は廃水中からの脱リン処理への磁場利用の研究が紹介された。多孔質の鉱石を基材とし、ナノスケールのマグネタイト粉体を吸着させたものを利用して、試験水を処理すると、磁化力による磁気分離で、リンの回収率が99%を超えるという結果が紹介された。

講演の終わりには、今後の磁気科学の進むべき方向性について言及された。今後は強磁場を使わずに、現在の磁気科学と同じ効果の出るような材料構成を考えていくことが工学的に必要である、とのことであった。

講演会は、遠方からも多くの参加者があり、一つ一つの内容について、大変活発な議論が行われた。パイオニアとして永く材料電磁プロセッシング分野を先導されてきたご経験から、非常に示唆に富む、内容の濃い講演であったと感じた。非常に広い視野から、この分野を俯瞰し、自分たちの成果を追うだけではなく、世界的な人材育成など、分野自体の発展を願う姿勢には、深い感銘を受けた。浅井先生は、この春、吊古屋大学大学院を定年退官されるということだが、今後もこの分野には欠かせない存在であり、引き続き、先導して頂きたいと感じた。

                            
図1 TTT図の比較

  実線: 浅井先生により紹介された測定により作製されたTTT図

破線: 熱膨張率測定により作製されたTTT図(梅本ら)

  (東京大学:宮副 照久)