SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.16, No.1, February. 2007

2.超強磁場NMRの開発 _物材機構、神戸製鋼、理研、日本電子_


 強磁場NMRスペクトロメータは現在プロトンの共鳴周波数で950 MHz (磁場22.3 T)まで市販されており、長年の夢とされてきた1 GHz (23.5 T)まで後一歩に迫っている。近年のNb3Snを中心とした金属系超伝導線材の強磁場領域での臨界電流密度の向上は1 GHz NMRスペクトロメータを、金属系超伝導線材を使用した永久電流モードで実現する見通しを与えており、数年の間に開発される可能性が非常に高くなっている。

  強磁場NMRスペクトロメータは殆どの機種がタンパク質の立体構造・機能解明を主目的として使用されているが、新たな応用も開拓されつつある。物材機構で稼働中の930 MHz NMRスペクトロメータ (スーパーコム Vol. 13 No. 3) は、強磁場NMRスペクトロメータとしては例外的に固体高分解能NMR専用機として使用されているが、11B、27Al、23Na等従来感度が低く検出が困難であった核種を計測対象として有効性を実証しつつある。17Oや前述の核種のような四極子核の感度は磁場の2.5乗に比例するため、一層の強磁場化を図ることでNMRの対象核種を増加し、応用範囲を拡大することが期待されている。 前述したように1 GHzまでは金属系超伝導線材で実現できる可能性が高いが、それ以降の強磁場化には30 T以上の磁場でも実用的な臨界電流密度が得られる酸化物系超伝導線材の使用が必須とされる。しかしながら酸化物系超伝導線材のNMRマグネットへの適用には大きな技術的課題が存在している。

NMRマグネットは通常、直径10 mm、高さ20 mmの試料空間で100 Hz (1 GHzの場合、0.1 ppm)以内の空間的均一性と10 Hz/h (1 GHzの場合、0.01 ppm/h)以下の時間的安定性が要求される。この条件を満足するために、NMRマグネットは平角線または丸線を密巻きしてコイルとし、線材間を0.01 n以下の超伝導接続技術で接続して、永久電流モードで運転されている。しかしながら酸化物系超伝導線材の場合、

・ Bi-2223、RE123に代表されるテープ形状の線材はパンケーキ巻きが適しているが、NMRマグネットでの実績がない。空間的均一性に与える影響の確認が必要であるとともに、強磁場領域に接続箇所が位置する難点がある。現在の超伝導接続は1 T程度の磁場で超伝導性が失われる。

・ 金属系超伝導線材との間の実用的な超伝導接続技術が未開発。

・ BSCCOの場合、臨界電流に比べて半分程度の電流でもNMRには致命的な抵抗が発生している。

といった問題点があり、酸化物系超伝導線材を10 Hz/h以下の時間的安定性を満足する永久電流モードで運転 することは当面の間困難と考えられている。

 物材機構、神戸製鋼、理研、日本電子は、科学技術振興機構の先端計測分析技術・機器開発事業「超1GHz NMRシステムの開発《で酸化物系超伝導線材の超強磁場NMRへの適用に取り組んでいる。本プロジェクトでは酸化物系超伝導コイルを永久電流モードではなく電源で駆動することで計画している。電源の場合、永久電流モードでの運転と比較して磁場の長期および短期安定性に問題があるが、電源の高安定度化、磁場補償システムの開発、磁場変動に対して許容度の高い分光システム・計測手法の開発を総合的に組み合わせることで、酸化物系超伝導コイルを使用した固体高分解能NMRを実現することを目指している。

 プロジェクトは昨年10月にスタートし、市販600 MHz NMRマグネットを使用した基礎実験を開始している。通常のNMRマグネットの場合、電流リードを経由して通電した状態ではヘリウムの蒸発量が大きく長時間に渡る通電が困難なため、電流リードに酸化物系超伝導線材を使用するとともに、クライオスタットをGM冷凍機で冷却する再凝縮型に改造した。これにより液体ヘリウムの補充を行うことなく、長時間の電源駆動が可能になった。 室温補償回路を組み込んだ高安定度電源でマグネットを励磁し、磁場変動を約5 ppm以内に抑制できることを確認した。さらに測定した磁場を用いてZ0シム電流をフィードバック制御することで、平均値ではあるが約0.0001 ppm/hの磁場安定度を達成できており、長期安定性については十分満足できる結果が得られている。しかしながら永久電流モードでは観測されないリップルノイズが電源駆動の状態では存在しており、その抑制が当面の課題となっている。

 現在は金属系超伝導コイルを電源で駆動しているが、次のステップでは600 MHz NMRマグネットの最内層コイルを酸化物系超伝導コイル(Bi-2223線材のダブルパンケーキコイルを予定)に交換し、磁場の均一性と安定性を比較する予定である。最終的には物材機構が所有する920 MHz NMRマグネットの最内層コイルを酸化物系超伝導コイルに置き換え、1 GHzを超える1.05 GHz (24.7 T)を目標に磁場を増加する計画である。開発したスペクトロメータとしての有効性は生体高分子中の17O計測によって実証する予定である。

 本プロジェクトのチームリーダーである物材機構の木吉司強磁場共用ステーション長は「酸化物系超伝導線材にとって低温強磁場は有力な応用の1つ。酸化物系超伝導線材を使用することで1.2 GHz (28.2 T)~1.3 GHz (30.5 T)といった超強磁場領域へ踏み出すことが可能となる。また直流応用として最も磁場の均一性・安定性の条件が厳しいNMRに適用できればMRI、ESR、FT-ICR等への展開も期待できる。本プロジェクトをそのための礎としたい。《と抱負を語っている。                       

                               


図1 超1 GHz NMRシステムの開発

 (ピカチュウのパパ)