SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.16, No.1, February. 2007

1.CERN-LHC加速器・超伝導磁石の完成 _高エネルギー加速器研究機構_


 1. はじめに

 欧州合同原子核研究機関(CERN、ジュネーブ)におけるラージハドロンコライダー(LHC)加速器計画は、ヨーロッパを中心としたメンバー国20カ国、および米国、日本、カナダ、インド、ロシア等が準メンバー国として参加した国際協力により、1994年に計画が定められ、建設が進められてきた(図1)。2006年11月には、主要な超伝導磁石の製作が完了し 、試験を経て、トンネルへの設置が急ピッチで進んでいる (図2, 3)。2007年末には入射エネルギー(450 GeV)でビームの周回を開始し、2008年の夏には、最高エネルギー (7 TeV)での物理実験開始を目標としている。

  2. LHC加速器と超伝導磁石

 LHC加速器は、重心系エネルギーで14 TeVの陽子・陽子衝突型加速器であり、米国フェルミ国立加速器研究所(Fermilab)で稼働中のTevatron 加速器の7倊のエネルギー、2桁高いルミノシティーを実現する。宇宙誕生の歴史のなかで、質量の起源とされるHiggs粒子の探索、標準理論を越える新たな素粒子物理現象の探索を目指す。LHCは、周長27 kmの地下トンネル内に建設され、超伝導技術を駆使した世界最大の加速器となる。1232台の主偏向磁石、386台の主収束電磁石、5000台を越える多重極、補正磁石および超伝導高周波加速装置等により構成される。超流動ヘリウム温度(1.9 K) まで冷却することで、NbTi超伝導体内電流密度、2 kA/mm2 (@ 9 T, 1.9 K)を達成し 、中心磁場8.3 T (コイル内最大磁場~9 T)の超伝導偏向磁石等 を加速器定常運転で用いる。4箇所のビーム衝突点では、最終ビーム収束の為に必要となる四極超伝導磁石の開発をFermilab(米)とKEK(日)が分担して建設に貢献した。4箇所の衝突点の両側に各4台の四極磁石(合計32台)により強収束レンズ系を構成し、215 T/mの強磁場勾配を直径70 mm の口径に発生する。コイル内の最高磁場は8.6 T に達する。磁場精度要求が特に厳しく半径17 mm(口径の半分)において、四極に対する磁場の高調波成分を10-4以下に抑えることが求められた。また衝突点で散乱されたビームによるコイルへの入熱が5 W/mに達すると予想され、定常的な入熱に耐える安定性が求められた。性能を達成し、トンネル内に設置されつつある(図4)。製作には、K.K. 東芝、古河電工K.K.の両社にご協力を頂いた。

3. LHC物理実験用超伝導磁石

LHCにおける素粒子 物理実験では、陽子・陽子(14 TeV)の衝突反応における素粒子現象を探るため、大規模な国際共同実験(ATLAS、CMS、ALICE、LHC-B)が組織され、世界各国から研究者が参加し、実験装置の開発を分担している。日本グループはATLAS実験に参加し、KEKが測定器(図5)の中央ビーム衝突点周囲に位置する薄肉超伝導磁石(Central Solenoid:中心磁場2 T) の開発を担当した。外側に位置する電磁カロリメータのエネルギー分解能を最大限に引き出す為、極限的に少ない物質で物理的にも薄肉な超伝導磁石による磁場場発生が要求された。これまで20年間に亘り日本で技術開発が進んだ高強度アルミ安定化技術が大きく貢献した。純アルミ材に特定の金属を微量添加し、加工硬化を組み合わせることで、電気抵抗を保持しつつ機械的に強化することで、アルミ安定化超伝導線材自身で主電磁力を支持することが可能となり、物質的透明化、薄肉化に大きく貢献した。このアルミ安定化NbTi超伝導線材の開発はKEK/古河電工の協力による。実機超伝導線の製作は、「古河電工《、「日立電線《に担当頂き、超伝導コイルの製作は「東芝《に担当頂いた。完成した超伝導コイルはCERNにて、ビーム衝突点に建設中のATLAS検出器内に組み込まれ、2006年に、定格2 T励磁試験に成功している。  ATLAS測定器においては、ソレノイドの外側に大型トロイダルシステムが配置されており、測定器の周方向に利用平均磁場1 T (コイル内最大磁場:5 T)の磁場を発生する。磁場空間は、直径~15 m, 長さ~25 mに及び、蓄積エネルギーは、1.6 GJに達する。やはり、アルミ安定化NbTi超伝導体が採用された。バレル (中央胴部)のトロイダルコイルシステムは、2006年に全8組の コイルの励磁試験に成功し、これまでに開発された超伝導磁石において最大磁場空間を達成したことになる。  CMS測定器(図6)では、より強いソレノイド磁場空間を、コンパクトな空間に集中的に発生する設計が採用された。直径6 m, 長さ12 mの空間に磁場4 Tの発生が要求された。蓄積エネルギーは、2.6 GJに達する。導体の必然的な大型化の特色を活かし、高強度アルミ構造支持材と純アルミによるアルミ安定化超伝導線を電子ビーム溶接で複合化する新たな技術を開拓した。CMS超伝導磁石は2006年に定格励磁試験に成功し、超伝導磁石システムにおいて最大蓄積エネルギーの記録を達成した。

4. 日本企業の貢献

日本が公式にLHC計画に参加し、建設資金を分担したことにより、加速器機器の国際入札への日本企業の直接参加が実現し、表1に示すように、日本の産業界の技術力を活かした貢献が実現した。「古河電工《によるLHCアーク偏向磁石用超伝導線の製造は、全アークの1/8にあたる超伝導ケーブルを製造するとともに、他のメーカーにも協力し、品質の安定性と生産スケジュールの正確さに、特に高い評価を得た。「石川島播磨重工 (IHI)・リンデ (スイス)《コンソーシアムによるコールドコンプレッサーを中核技術 (IHI)とした超流動ヘリウム冷凍機システムの製造では、プロトタイプ開発において、熱機械効率の最高記録を達成し、高い技術評価を得た。古河電工、IHI/Lindeの両社には、LHC加速器建設における顕著な貢献に与えられるLHC Golden Hadron Award が授与されている。

5. まとめ

 素粒子物理実験のエネルギーフロンティアを担うCERN-LHC計画は、国際協力による建設開始以来、12年の歳月を経て、2000台に迫る主超伝導磁石が完成し、加速器トンネル内への据え付け、試運転を経て、2007年末に完成を見通すことができるところまで到達した。物理実験用大型超伝導磁石システムもほぼ完成し、性能を達成している。Fermilab/Tevatronの次の世代を担う、世界に一つの超伝導加速器が国際協力によって、まもなく実現する。日本が、国際協力の一翼を担い開発の責任を果たせたこと、日本企業の各社のご協力、ご貢献に心より感謝する。                                       

                               


図1 CERN-LHC加速器リング


図2 主偏向磁石1232号機(最終号機)の紊入を祝うCERNスタッフ


図3 トンネル内設置が進む主磁石


図4 ビーム衝突点に設置されたビーム収束磁石


図5 ATLAS測定器および超伝導磁石システム

図6 CMS測定器および超伝導磁石システム


表1 日本企業のLHC超伝導加速器要素の製造担当

 (秋)