SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.6, December. 2006

8.《2006年度 第2回 新規磁場応用に関する調査研究会報告》


  強磁場を用いた化学、分析はどこまで進んできたのか。これからどのような展開を示していくのか*。

HPLC、化学反応制御、粒子トラップといった分野でマイクロフローセルの利用が普及してきているが、その制御手段として、近年、磁場の利用が注目されつつある。その現状と最新の研究について、東京大学で開催された低温工学協会2006年度第2回「新規磁場応用に関する調査研究会《において、Hull大学のNicole Pamme博士が講演された。「Using Magnetic Fields for Lab-on-a-Chip Technology《という題目で行われた本会では、博士が専門とされる、磁場を用いたマイクロフローセルの制御に関する非常に興味深い話が提供された。

マイクロフローセルは、幅数10~数100 mの流路(マイクロチャネル)を有するガラスやポリマー製のセルである。これらは基板上にフォトリソグラフィや加熱した型を押し付ける加工法を用いて溝を作成した後、試薬の注入、取出用の孔を有する板を被せて作製される、このように作製されたセルは、

・ 微小領域を用いるため表面積が大きく、高速、高効率、高制御性を有する分析が可能である

・ 一枚のセルに多工程を連続的に搭載でき、加えて持ち運びが可能である

といった特色を持つ。このことから、現在はサイズ分離を中心としてHPLC等の分析技術にも用いられている。また、微小領域中での物質のふるまいという点でも注目を集めており、非常に研究の盛んな分野となっている。

近年、このようなセルそのものの特色を用いた制御に加え、外部から磁場を印加することで新しい機能を与える試みが行われている。本会では

・ 強磁性体を用いたポンピング           ・ 磁場を用いた混合速度向上

・ 外部磁場による輸送路変化による分離       ・ 生体物質分析

・ 磁場を用いた反応制御

といった研究が紹介された。

 まず、強磁性体を用いたポンピングは、図1のように、出入り口を持つ円形の流路と上部に固定された磁石、および流路に沿って回転する磁石の2つの磁石を用いて実現される。円形流路内に入れた強磁性体は、流路上部の磁石にひきつけられ、上部に集まる。この状態では出入り口はともに閉じている。ここで、もう一方の磁石を円形流露に沿って回転させると、強磁性体の一部が上部の磁石の影響下を離れ、磁石の回転について移動する。この際、上部に溜まった強磁性体が減少することで出入り口が開く。この状態で順次磁石を回転させると、円形流路内の溶液は磁性体に押し出され、同時に流路内に新たな試料が流入する。磁石が経路を1周すると、再び出入り口が閉まり、工程が1周する。この繰り返しでポンピングを行う。本会では、出入口双方に水を入れたカラムをつけ、4ないし8 rpmでポンプを駆動させ、ポンピングを行った例が示された。

 次に、混合速度の向上については、マイクロチャネル中に微小な磁性体の攪拌子を配置することで行う。攪拌子を外部磁場で駆動させることにより、単純な拡散による混合よりも早く混合を行うことが可能になる。

 また、外部磁場を用いた分離では、図2のような、真ん中に広いフロースペースを有し、左右に粒子分散液が出入りするチャネルを多数持つマイクロフローセルを用いて、粒子混合物の分離や、粒子の粒径別分離を行なう。右方からフロースペースに導入された混合粒子は、フロースペース近傍に置かれた永久磁石が形成する磁場により、それらの磁性に応じて磁気力を受け、流路を変化させる。粒子種や粒径の違いにより、流れに直交する向きでの移動量が異なるため、それぞれ異なる左方のチャネルから排出されることになり、物質ごと、あるいは粒径別の分離が実現する。この分離は、適当な外部磁場を与えることにより、実験的にも確認されている。

 また、生体物質の多成分分析では、図3のように、マイクロチャネルに沿って電磁石を複数設置したマイクロフローセルを利用する。表面処理により分析したい複数の抗原にそれぞれ対応する抗体を結合させた磁性粒子を用意し、電磁石を順次オンにすることで、それぞれ空間的に異なる箇所にトラップする。そこに複数の抗原を含む分析対象を流すことで、それぞれの抗原は、対応する抗体をコーティングした磁性粒子がトラップされた場所で抗原抗体反応を起こし、粒子と結合する。その後、電磁石を順番に消磁し、トラップを解除することで、一度に複数種類の抗原の分析を可能にする。

最後に、磁場を用いた反応制御は、エッチングの手法を用いてマイクロチャネル中に銅の微小コイルを作成し、電流を流すことにより局所磁場を発生させる手段を用いる。この局所磁場を用いることで、磁性粒子のトラップや移動を行い、反応の制御や分離を行うことが可能になる。粒子はその大きさ、磁化率によって磁場への応答の大きさが異なるため、これらを用いて分離を行うことが可能である。

以上のような講演に対し、本研究会では、応用性を中心に議論が行われた。例えば、ポンピングについては扱う系に応じて自在に設計し、応用していくことができるといった解説がなされた。基礎から体系的に、丁寧かつ明快な解説がなされたことから、非常にわかりやすい講演であった。今回の講演では、磁気科学のさまざまな可能性が改めて示されるとともに、応用化研究の一端を知ることができ、大変有意義なものであった。今後一層の研究の進展が期待される。

                             1) Nicole Pamme, Lab on a Chip 6(2006) 24-38

                               


図1 磁石駆動ポンプの概念図。 1)


図2 外部磁場を用いた輸送路操作。1)


図3 外部磁場を用いた生体物質の分離 1)

(東京大学:田中 良)