SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.6, December. 2006

2.HTSバルクを用いた薬剤搬送システムの開発_大阪大_


 はじめに

適量の薬品を患部へ正確に搬送するシステム(DDS :Drug Delivery System)は、投薬量や副作用の軽減化などに対して、高い効果が期待できる。また、外科的アプローチの困難な部位への治療が可能であり、難治性疾患に対する有効な治療法になり得る。そこで我々は磁気力による粒子制御の技術を応用することに着目し,マグネタイト等の強磁性微粒子で磁気種付けした薬剤を用い(以後、磁性薬剤)、体外に配置した超伝導磁石の磁気牽引力を利用し、血管に投入した担磁薬剤を患部まで到達させる能動的標的指向型磁気標的DDS(MDDS)を提案している。

MDDSの磁性薬剤誘導の方法として以下の手法を考えている。磁性薬剤を血管内に投入し、血流にのせる。血管分岐近傍の体外に磁石を配置し、その磁気力によりその薬剤を患部に向かう流線に乗せて、望む方向に誘導を行う。これを多数回(4~5回) 繰り返すことによって、目的患部まで誘導し集積を行う、あるいは患部近傍の薬剤濃度を向上させる。MDDSの誘導装置開発の基本は、体内の深層部に位置する患部に対して、その運搬経路となる血管流路内で薬剤を制御である。この制御を可能とするシステムに、HTSバルク超伝導体の使用が有望であることが明らかになってきた。

   MDDSに要する磁場

システム実現のために、実際に標的となる患部の位置を体表面に設置した磁石から体内に約20~50 mmの部位と想定している(将来的には100 mmも視野に入っている)。その深部血管内の磁性薬剤を、遠隔制御できるほどの磁気力を発生する磁石の仕様は、どのようなものであろうか? 球形の粒子が受ける磁気力FMは次のように表される。


 ここでbは分散質粒子の半径、0は真空の透磁率、Hは外部磁場強度、χp、χf は分散質、分散媒の磁化率である。この式において、磁化M (= χpH)は強磁性物質の場合比較的弱磁場で飽和するので(磁性薬剤に利用するマグネタイト等は、事実上0.5 T程度で飽和する)、磁気力FMは外部印加磁場Hに比例しない。このMDDSの場合、強い磁気力を得るためには、磁場H(実際上0.5 T程度で充分である)だけではなく磁場勾配gradHを大きくする必要があることが分かる。 一方、体内での実際の誘導を考えると、磁性薬剤の大きさが100 nm程度以下であればスティルス性が現れ貪食作用が低減されるので、この程度以下の粒子径が望ましい。上式より磁気力は粒子の体積と比例するので、粒子径が1 mから100 nmに小さくなると、磁気力は3桁減少する。このことによりMDDSが今まで成功しなかった。ミクロンサイズの粒子は制御できると容易に想像できるが、この3桁の減少を果たして克朊することができるのであろうか?計算では誘導可能であったが、果たして実現できるであろうか?

そこで永久磁石を用いた、水中の直径100 nmの粒子の制御を試みた。直径2 mmのガラス管に200 mm/sの速度で蒸留水を流し、100 nmのマグネタイトを導入し、磁気力で停留させる実験である。図1にその結果を示した。縦軸が集積度(任意単位)と横軸が磁石との距離である。磁場、磁場勾配を実測し、この図に示している。実験的に明らかになった条件は、血液の粘性を考慮して血管分岐部(体表面から50 mmの距離)で、0.5 T、5 T/mの磁場強度と磁気勾配が必要であることである。

MDDSのための磁石

ここで整理する。MDDSのためには、磁石表面から50 mm離れた場所で、0.5 T、5 T/mの磁場を発生させる磁石が必要である。しかも、なるべく小さいほうが望ましい。これは本MDDSの概念では複数の磁石を体表面に載せるためである。できれば、直径10 cm以下さらには、5 cm程度まで小さいものができないであろうか?

この要求に答え得るのがHTSのバルク磁石である。図2にバルク磁石の磁場計算の結果を示した。磁場強度、磁気勾配を計算している。これは、円盤状のバルク磁石を想定し、体積を一定にして発生する磁場を計算したものである。深部で高い磁場強度と磁気勾配を実現するためには、直径の大きなバルク磁石が必要である。また、この磁場はソレノイドコイルでも実現可能であるが、サイズが大きくなってしまう。特に遠方に高磁場(もれ磁場)を発生するにはボアを小さくするほうが有利である。場合によっては、ボア無しのコイルができればそれに越したことは無い。巻き枠をも含めた磁石の体積を小さくしながら上述の条件を満たすことが必要である。これらの理由からMDDSの磁場発生装置としてHTSバルク磁石を想定している。さらなる深部(体表面から100 mm)で、より小さな磁石サイズで上述の条件を満足するには、より高性能な(Jcの高い)バルク磁石が必要であることは言うまでも無い。

Y字分岐血管モデルにおける磁性粒子制御実験

実際にHTSバルクを用いて、体内深層部25 mmに位置する臓器内の分岐した血管モデルにブタの血液を流して強磁性粒子を誘導する実験を試みた。磁石仕様は外寸直径45 mm、高さ15 mmである。Z軸上の真空容器表面での最大磁束密度はZ軸上で2.4 Tである。図3に実験システムの概念図と実験の様子の写真を示す。ヒト循環器系の中でも直径2 mm平均流速200 mm/sec程度の動脈を模擬した。血液を流した状態で平均粒子径100 nmのFe3O4粒子の懸濁液(濃度0.1 mg/ml)を4 ml導入し、配置したHTSバルクの磁気牽引力により、分岐部で意図する方向への誘導を試みた。その結果、意図した方向に7:3で誘導がおこなわれた。この結果は体内深層部に位置する患部を想定した磁気標的型薬剤配送システムの実現性が確認されたと言える。

大阪大学西嶋教授は「現在DDSの研究が注目され、先進医療としての位置を確実なものにしつつある。その中で、超電導技術さらにはHTS技術が重要な役割を果たしえる可能性がある。超電導技術が医療分野に応用されている例としては、MRI,SQUIDが挙げられるが、MDDSが第3の応用として成長していくことを願っている。《と語った。

                               


図1 直径100 nmのマグネタイトの磁気制御


図2 バルク超電導磁石が作る磁場分布。縦*直径比、①0.083、②3.0、③1.0、④0.33。


図3 HTSを用いた誘導実験の模式図

(上落因果)