SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.2, April. 2006

9. 新規磁場応用に関する第2回調査研究会報告


 2006年2月6日、低温工学協会「新規磁場応用に関する調査研究会《第2回研究会が東京大学で開催され、物質・材料研究機構の若山信子氏が「磁気力の新規利用に関する研究《と題して講演した。若山氏は長年にわたり磁気力の新規利用に関する様々な研究を進めてこられ、磁気科学分野への貢献は非常に大きい。今回の講演では、気流に及ぼす磁気力の影響や磁気力を利用した微小重力環境の実現とそれを利用したたんぱく質結晶の育成などのこれまでの研究成果を写真や映像を交えて紹介して頂いた。以下ではその概要を紹介する。

 気体に及ぼす磁気力の影響は、液体や固体に及ぼす影響に関する報告に比べ少ないが、若山氏は磁気力が気体の流れや対流に与える影響、すなわち磁気空気力学に関する実験について紹介した。まず、酸素ガスと窒素ガスをそれぞれ図1に示すような磁場中に流してその挙動を調べた。酸素ガスを位置Aの下方から上向きに流したところ、磁場印加時には上方に吸い寄せられ位置Bの辺りに留まる様子が観察された。一方で磁場なしの場合では、酸素は空気より重いので下方に流れていく様子が観察された。若山氏によると、酸素ガスは気体としては比較的大きな常磁性を有しているため位置Aの磁場勾配により上向きの磁気力が作用した結果だという。

また、窒素ガスについては位置Cの下方から上向きに流すと、磁場印加時では勢いよく上方に噴出していく様子が観察されたが、磁場を印加しないときにはこのような現象は観察されなかった。若山氏は、窒素ガスは反磁性であるため位置Cの磁場勾配により上向きの磁気力が作用すると同時に、空気中の酸素は下向きの磁気力を受け磁場中に吸い込まれていくことにより対流が生じ、ジェット気流のように噴出していくというメカニズムを提案した。

次に話は重力と磁気力がろうそくの燃焼(炎の様子)に与える影響に移る。ろうそくは助燃性ガスである酸素の供給と、燃焼の結果として生成する上燃性ガス(炭酸ガスと水蒸気)の排出が重力対流によりバランスを保って燃焼を継続している。まず磁気力が炎に与える影響を確かめるため、図1に示す磁場勾配中で炎の様子を観察したところ、位置Cのように鉛直上方に向けて磁場が弱くなる磁場勾配中では、重力対流に加え常磁性の酸素ガスが鉛直下向きに磁気力を受けるため供給が上がり、燃焼が促進されて温度が上昇し体積磁化率が減少することで磁気対流が生じ、炎は通常より細く明るくなった。位置Bのように鉛直方向に均一な磁場中では、鉛直方向に磁気力が生じないため無磁場下の場合と比べて顕著な差はなかった。一方、位置Aのように鉛直上方へ磁場が強くなる磁場勾配中では、酸素ガスが受ける磁気力が重力を打ち消すように働き対流が抑制され炎はつぶれたような形になり暗くなった。これに対し重力が炎に与える影響としては、宇宙空間では重力対流が生じず炎はつぶれた形になり数十秒で消えてしまうという報告がある。実際若山氏は地球上で微小重力環境を実現するため、ろうそくを自由落下させ炎の様子を観察したところ、同様の現象を確認した。これらを踏まえ、ろうそくの下方に永久磁石を設置して位置Cのような磁場勾配を与え、自由落下による微小重力環境を実現させると、重力対流は抑制されるが磁気対流により炎は消えることはなかった。このように磁気力により対流を操れることを若山氏は証明し、磁気空気力学の大きな可能性を示した。

 さらに話は微小重力環境の実現とそれを利用したたんぱく質の高品質化に及ぶ。生命現象の解明、新薬の開発、病気の新規治療法の探索などには、酵素やホルモンなどたんぱく質の立体構造・機能の解明が必要である。このためにはタンパク質結晶を育成してその構造を決定する必要があるが、地上で作られる結晶は重力の影響で構造に歪みが生じやすく、さらには結晶成長界面近傍で濃度差に起因した密度差が生じ、密度差対流が起こるために成長界面が乱される影響で良質な結晶育成は困難であった。一方、宇宙空間つまり無重力下で育成すると密度差対流は生じず、均質で良質な結晶が得られることは以前から知られていた。しかし、宇宙での実験は莫大な費用がかかり大掛かりなものとなってしまう。そこで、若山氏は重力に対抗する力として磁気力に着目した。水やたんぱく質に作用する磁気反発力は非常に弱いため、重力に対抗する十分な力を得るためには強磁場・高磁気勾配が必要となるが、高磁気力の小型超伝導マグネットの開発により実験室レベルで微小重力環境に類似した環境の実現が可能となった。若山氏らは、実際にこの“擬似”微小重力環境でたんぱく質の結晶を育成し、結晶性の評価を行ったところ、通常重力下で育成したものに比べ良質な結晶であることが分かった。若山氏は、磁気力が生み出した微小重力の効果のみならず強磁場そのものの効果(ローレンツ力)で溶液の導電性に起因した溶質対流が制御されることにより高い結晶性の結晶が得られたという。磁気力により実現される擬似微小重力環境は高品質結晶育成に有効である可能性が指摘された初めての成果である。このように磁気力を用いた研究は非常に様々な応用の可能性を秘めており今後も磁気科学の動向が注目される。        

                               


図1 実験の電磁石の配置と磁場の様子

(東京大学:五十嵐 光則)