SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.2, April. 2006

3. ダイヤモンドのホールドーピング ―ダイヤモンド超伝導体のバンド構造を世界で初めて観測 _岡山大、高輝度光科学研、物材研、早稲田大、広島大_


 岡山大学大学院自然科学研究科の横谷尚睦教授、高輝度光科学研究センターの中村哲也、松下智裕、室隆桂之各研究員、物質・材料研究機構の長尾雅則研究員、高野義彦グループリーダー、早稲田大学理工学部の竹之内智大氏、川原田洋教授、広島大学の小口多美夫教授らの研究グループは、低温で超伝導を示す高濃度ボロンドープダイヤモンドの電気伝導を担う電子構造を観測することに世界で初めて成功した。

   宝石として知られるダイヤモンドは、最も硬い物質であると同時に、高い熱伝導率や大きなバンドギャップを持つ半導体であり、その優れた特性を生かして光検出器等の半導体デバイスとしての応用研究が行われてきた。2004年に高濃度ボロンドープダイヤモンドの超伝導性(転移温度Tc ~ 4 K)が発見されると、超伝導を理解する上で高濃度ドープにより金属的伝導を担う電子構造の起源を知ることが急がれていた。この背景には、上純物を微量にドープした半導体がバンド理論と上純物準位により非常によく理解されており、これが現代の情報化社会を支えるエレクトロニクス技術の根幹をなす一方で、もっと高濃度に上純物をドープした場合について電気伝導の機構についてはよくわかっていなかったことがある。

 研究グループでは、ボロン濃度を系統的に制御したCVDダイヤモンド単結晶薄膜(早稲田大学)を、超伝導性を確認した上で(物材機構)、SPring-8の軟X線ビームライン(BL25SU)の高輝度軟X線角度分解光電子分光という実験手法を用い行った(岡山大、高輝度光科学研究センター)。軟X線角度分解光電子分光は、エネルギーと運動量に分解した価電子帯の電子構造を直接観測できる手法であり、物質に固有のバンド構造を直接的に調べることのできる特徴を持つ。実験では、ボロン濃度を系統的に変化させた試料に対しフェルミ準位付近を詳細に研究し(図1)、バンド計算(広島大学)と比較した。その結果、電子構造がダイヤモンドのバンドとほぼ同じであること、およびドープ量を変化させるに従い、このダイヤモンドバンドにホールが導入されることを観測することに成功した。このことは、高濃度ボロンドープダイヤモンドにおいては、ダイヤモンドバンドに導入されたホールが金属的伝導に重要な役割を担うことを示唆する。輸送特性からは、超伝導性を示す試料のキャリアーの寿命が極端に短いことが報告されており、ドープされたボロンはキャリアーの導入とともにキャリアーの散乱体としても働いていることも確認されている。

 純粋なダイヤモンドバンドへのホール導入の立場から、地球シミュレータによるシミュレーションが行われTc = 260 Kの可能性が報告された(立木氏、IWSDRM2005)。その一方で、光電子分光では観測できない非占有電子状態に存在が予測される上純物バンドの役割の重要性を唱える報告もされている。先頃行われた日本物理学会第61回年次大会のシンポジウムでは、これに乱雑さも考慮してTc ~ 400 Kという予測も飛びだし(福山氏)話題となった。いずれの理論も高Tcを実現するためにはドープされたボロン原子による乱雑さを如何に解消するかが鍵を握っている。実験的に得られている最高Tcは現時点で11.4 Kであるが、まだTcを決めるパラメータも十分に絞られておらず混沌とした状況にある(高野氏)。今後Tcがさらに上昇し、あわよくば室温超伝導が実現する可能性もないとはいえないようだ。

 横谷教授は、「とてもタイムリーに今回の成果を出せたことは、試料作製、評価、実験、理論のそれぞれを専門とするグループがうまい形でコラボレーションした結果です。今回の研究は、基礎科学において高濃度ボロンドープダイヤモンドにおける超伝導の機構解明に向けての重要な一歩だと思いますし、応用面においても高濃度ダイヤモンドの電子構造に実験的な基礎を与えたことは、今後のダイヤモンドデバイス開発に向けての設計図を与えたことに対応すると考えています。《と話している。                

                               


図1  軟X線角度分解光電子分光で観測したボロンドープダイヤモンドのフェルミ準位およびブリルアンゾーン点(運動量= 0)近傍のバンド分散。図中の色は、光電子強度を示し、強度が強い部分がバンドに対応する。バンド1と2からなる放物線状の曲線は、最低ドープ試料においては頂上を示すが(左図)、ドープ量が増える(中)に従い頂上は見えにくくなり、最高ドープ試料(右図)では頂点が切断されているようにみえる。このことは、ボロンドープに伴いバンドの頂上にホールが導入され、バンドがフェルミ準位に対して相対的に上方に移動していることを示す。

(黒ダイヤ)